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顕浄土方便化身土文類 (本)

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2005年10月19日 (水) 18:06時点における林遊 (トーク | 投稿記録)による版 (勧信釈文証(別引))

化身土文類六(本)

     [無量寿仏観経の意なり]

     至心発願の願 {邪定聚の機 双樹林下往生}

     [阿弥陀経の意なり]

     至心回向の願 {不定聚の機 難思往生}

顕浄土方便化身土文類 六

                           愚禿釈親鸞集

総釈

【1】 つつしんで化身土を顕さば、仏は『無量寿仏観経』の説のごとし、真身観の仏これなり。土は『観経』の浄土これなり。また『菩薩処胎経』等の説のごとし、すなはち懈慢界これなり。また『大無量寿経』の説のごとし、すなはち疑城胎宮これなり。

要門釈、第十九願開説、観経の意

【2】 しかるに濁世の群萌、穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども、真なるものははなはだもつて難く、実なるものははなはだもつて希なり。
偽なるものははなはだもつて多く、虚なるものははなはだもつて滋し。ここをもつて釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。すでにして悲願います。修諸功徳の願(第十九願)と名づく、また臨終現前の願と名づく、また現前導生の願と名づく、また来迎引接の願と名づく、また至心発願の願と名づくべきなり。

経文引証

【3】 ここをもつて『大経』(上)の願(第十九願)にのたまはく、「たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、菩提心を発し、もろもろの功徳を修し、心を至し発願して、わが国に生ぜんと欲はん。寿終のときに臨んで、たとひ大衆と囲繞してその人の前に現ぜずは、正覚を取らじ」と。

【4】 『悲華経』の「大施品」にのたまはく、「願はくはわれ阿耨多羅三藐三菩提を成りをはらんに、その余の無量無辺阿僧祇の諸仏世界の所有の衆生、もし阿耨多羅三藐三菩提心を発し、もろもろの善根を修して、わが界に生ぜんと欲はんもの、臨終のとき、われまさに大衆と囲繞して、その人の前に現ずべし。

その人、われを見て、すなはちわが前にして心に歓喜を得ん。われを見るをもつてのゆゑに、もろもろの障碍を離れて、すなはち身を捨ててわが界に来生せしめん」と。{以上}

【5】 この願(第十九願)成就の文は、すなはち三輩の文これなり、『観経』  の定散九品の文これなり。

【6】 また『大経』(上)にのたまはく、「また無量寿仏のその道場樹は、高さ四百万里なり。その本、周囲五十由旬なり。枝葉四に布きて二十万里なり。一切の衆宝自然に合成せり。月光摩尼・持海輪宝の衆宝の王たるをもつて、これを荘厳せり。{乃至}

阿難、もしかの国の人・天、この樹を見るものは三法忍を得ん。一つには音響忍、二つには柔順忍、三つには無生法忍なり。これみな無量寿仏の威神力のゆゑに、本願力のゆゑに、満足願のゆゑに、明了願のゆゑに、堅固願のゆゑに、究竟願のゆゑなりと。{乃至}また講堂精舎・宮殿・楼観、みな七宝をもつて荘厳し、自然に化成せり。また真珠・明月摩尼衆宝をもつて、もつて交露とす、その上に覆蓋せり。内外左右にもろもろの浴池あり。十由旬、あるいは二十・三十乃至百千由旬なり。縦広深浅、おのおのみな一等なり。八功徳水、湛然として盈満せり。清浄香潔にして味はひ甘露のごとし」と。

【7】 またのたまはく(大経・下)、「それ胎生のものは、処するところの宮殿、あるいは百由旬、あるいは五百由旬なり。おのおのそのなかにして、もろもろの快楽を受くること忉利天上のごとし。またみな自然なり。 そのときに慈氏菩薩(弥勒)、仏にまうしてまうさく、〈世尊、なんの因なんの縁あつてか、かの国の人民、胎生・化生なる〉と。仏、慈氏に告げたまはく、〈もし衆生ありて、疑惑の心をもつて、もろもろの功徳を修して、かの国に生ぜんと願ぜん。仏智・不思議智・不可称智・大乗広智・無等無倫最上勝智を了らずして、この諸智において疑惑して信ぜず。

しかもなほ罪福を信じて、善本を修習して、その国に生ぜんと願ぜん。このもろもろの衆生、かの宮殿に生じて、寿五百歳、つねに仏を見たてまつらず、経法を聞かず、菩薩・声聞聖衆を見ず。このゆゑにかの国土にはこれを胎生といふ。{乃至}弥勒まさに知るべし、かの化生のものは智慧勝れたるがゆゑに、その胎生のものはみな智慧なきなり〉と。{乃至}

仏、弥勒に告げたまはく、〈たとへば転輪聖王のごとし。七宝の牢獄あり。種々に荘厳し床帳を張設し、もろもろの繒幡を懸けたらん。もしもろもろの小王子、罪を王に得たらん、すなはちかの獄のうちに内れて、繋ぐに金鎖をもつてせん〉と。{乃至}仏、弥勒に告げたまはく、〈このもろもろの衆生、またまたかくのごとし。仏智を疑惑するをもつてのゆゑに、かの胎宮に生れん。{乃至}もしこの衆生、その本の罪を識りて、深くみづから悔責して、かの処を離るることを求めん。{乃至}弥勒まさに知るべし、それ菩薩ありて疑惑を生ぜば、大利を失すとす〉」と。{以上抄出}

【8】 『如来会』(下)にのたまはく、「仏、弥勒に告げたまはく、〈もし衆生ありて、疑悔に随ひて善根を積集して、仏智・普遍智・不思議智・無等智威徳智広大智を希求せん。みづからの善根において信を生ずることあたはず。

この因縁をもつて、五百歳において宮殿のうちに住せん。{乃至}阿逸多(弥勒)、なんぢ殊勝智のものを観ずるに、かれは広慧の力によるがゆゑに、かの蓮華のなかに化生することを受けて結跏趺座せん。なんぢ下劣の輩を観ずるに、{乃至} もろもろの功徳を修習することあたはず。ゆゑに因なくして無量寿仏に奉事せん。このもろもろの人等は、みな昔の縁、疑悔をなして致すところなればなり〉と。{乃至}仏、弥勒に告げたまはく、〈かくのごとし、かくのごとし。もし疑悔に随ひて、もろもろの善根を種ゑて、仏智乃至広大智を希求することあらん。みづからの善根において信を生ずることあたはず。仏の名を聞くによりて信心を起すがゆゑに、かの国に生ずといへども、蓮華のうちにして出現することを得ず。かれらの衆生、華胎のうちに処すること、なほ園苑宮殿の想のごとし〉」と。{抄要}

【9】 『大経』(下)にのたまはく、「もろもろの小行の菩薩、および少功徳を修習するもの、称計すべからず。みなまさに往生すべし」と。

【10】 またのたまはく(如来会・下)、「いはんや余の菩薩、少善根によりて、かの国に生ずるもの称計すべからず」と。{以上}

釈文引証

【11】 光明寺(善導)の釈(定善義)にいはく、「華に含みていまだ出でず。あるいは辺界に生じ、あるいは宮胎に堕せん」と。{以上}

【12】 憬興師のいはく(述文賛)、「仏智を疑ふによりて、かの国に生れて、辺地にありといへども、聖化の事を被らず。もし胎生せばよろしくこれを重く捨つべし」と。{以上}

【13】 首楞厳院(源信)の『要集』(下)に、感禅師(懐感)の釈(群疑論)を引きていはく、「問ふ。『菩薩処胎経』の第二に説かく、〈西方この閻浮提を去ること、十二億那由他に懈慢界あり。{乃至}意を発せる衆生、阿弥陀仏国に生ぜんと欲ふもの、みな深く懈慢国土に着して、前進んで阿弥陀仏国に生ずることあたはず。億千万の衆、時に一人ありて、よく阿弥陀仏国に生ず〉と、云々。この『経』をもつて准難するに、生ずることを得べしやと。

答ふ。『群疑論』に善導和尚の前の文を引きて、この難を釈して、またみづから助成していはく、〈この『経』の下の文にいはく、《なにをもつてのゆゑに、みな懈慢によりて執心牢固ならず》と。ここに知んぬ、雑修のものは執心不牢の人とす。ゆゑに懈慢国に生ず。もし雑修せずして、もつぱらこの業を行ぜば、これすなはち執心牢固にして、さだめて極楽国に生ぜん。{乃至}また報の浄土に生ずるものはきはめて少なし。化の浄土のなかに生ずるものは少なからず。ゆゑに『経』の別説、実に相違せざるなり〉」と。{以上略抄}

結勧

【14】 しかれば、それ楞厳の和尚(源信)の解義を案ずるに、念仏証拠門(往生要集・下)のなかに、第十八の願は別願のなかの別願なりと顕開したまへり。『観経』の定散の諸機は、極重悪人、ただ弥陀を称せよと勧励したまへるなり。濁世の道俗、よくみづからおのれがを思量せよとなり、知るべし。

三経隠顕問答

【15】 問ふ。『大本』(大経)の三心と『観経』の三心と一異いかんぞや。
答ふ。釈家(善導)の意によりて『無量寿仏観経』を案ずれば、顕彰隠密の義あり。顕といふは、すなはち定散諸善を顕し、三輩・三心を開く。しかるに二善・三福は報土の真因にあらず。諸機の三心は自利各別にして、利他の一心にあらず。如来の異の方便欣慕浄土の善根なり。これはこの経の意なり。
すなはちこれ顕の義なり。彰といふは、如来の弘願を彰し、利他通入の一心を演暢す。達多(提婆達多)・闍世(阿闍世)の悪逆によりて、釈迦微笑の素懐を彰す。韋提別選の正意によりて、弥陀大悲の本願を開闡す。これすなはちこの経の隠彰の義なり。
 ここをもつて『経』(観経)には、「教我観於清浄業処」といへり。
「清浄業処」といふは、すなはちこれ本願成就の報土なり。
教我思惟」といふは、すなはち方便なり。
教我正受」といふは、すなはち金剛の真心なり。
諦観彼国浄業成者」といへり、本願成就の尽十方無碍光如来を観知すべしとなり。
広説衆譬」といへり、すなはち十三観これなり。
汝是凡夫心想羸劣」といへり、すなはちこれ悪人往生の機たることを彰すなり。
諸仏如来有異方便」といへり、すなはちこれ定散諸善は方便の教たることを顕すなり。
以仏力故見彼国土」といへり、これすなはち他力の意を顕すなり。
若仏滅後諸衆生等」といへり、すなはちこれ未来の衆生、往生の正機たることを顕すなり。
若有合者名為粗想」といへり、これ定観成じがたきことを顕すなり。
於現身中得念仏三昧」といへり、すなはちこれ定観成就の益は、念仏三昧を獲るをもつて観の益とすることを顕す。すなはち観門をもつて方便の教とせるなり。
発三種心即便往生」といへり。
また「復有三種衆生当得往生」といへり。これらの文によるに、三輩について三種の三心あり、また二種の往生あり。
 まことに知んぬ、これいましこの『経』(観経)に顕彰隠密の義あることを。二経(大経・観経)の三心、まさに一異を談ぜんとす、よく思量すべきなり。『大経』・『観経』、顕の義によれば異なり、彰の義によれば一なり、知るべし。


【16】 しかれば光明寺の和尚(善導)のいはく(玄義分)、「しかるに娑婆の化主(釈尊)、その請によるがゆゑに、すなはち広く浄土の要門を開く。安楽の能人(阿弥陀仏)は別意の弘願を顕彰す。その要門とはすなはちこの『観経』の定散二門これなり。定はすなはち慮りを息めてもつて心を凝らす。散はすなはち悪を廃してもつて善を修す。この二行を回して往生を求願せよとなり。弘願といふは『大経』の説のごとし」といへり。

【17】 またいはく(玄義分)、「いまこの『観経』はすなはち観仏三昧をもつて宗とす、また念仏三昧をもつて宗とす。一心に回願して浄土に往生するを体とす。教の大・小といふは、問うていはく、この経は二蔵のなかには、いづれの蔵にか摂する、二教のなかには、いづれの教にか収むるやと。答へていはく、いまこの『観経』は菩薩蔵に収む。頓教の摂なり」と。

【18】 またいはく(序分義)、「また如是といふは、すなはちこれは法を指す、定散両門なり。是はすなはち定むる辞なり。機、行ずればかならず益す。これは如来の所説の言、錯謬なきことを明かす。ゆゑに如是と名づく。また如といふは衆生の意のごとしとなり。心の所楽に随ひて、仏すなはちこれを度したまふ。機教相応せるをまた称して是とす。ゆゑに如是といふ。また如是といふは、如来の所説を明かさんと欲す。

を説くことは漸のごとし、を説くことは頓のごとし。相を説くことは相のごとし、空を説くことは空のごとし。人法を説くこと人法のごとし、天法を説くこと天法のごとし。を説くこと小のごとし、を説くこと大のごとし。凡を説くこと凡のごとし、聖を説くこと聖のごとし。因を説くこと因のごとし、果を説くこと果のごとし。苦を説くこと苦のごとし、楽を説くこと楽のごとし。遠を説くこと遠のごとし、近を説くこと近のごとし。同を説くこと同のごとし、別を説くこと別のごとし。浄を説くこと浄のごとし、穢を説くこと穢のごとし。一切の法を説くこと千差万別なり。如来の観知、歴々了然として、心に随ひて行を起して、おのおの益すること同じからず。業果法然としてすべて錯失なし、また称して是とす。ゆゑに如是といふ」と。

【19】 またいはく(序分義)、「〈欲生彼国者〉より、下〈名為浄業〉に至るまでこのかたは、まさしく三福の行を勧修することを明かす。これは一切衆生の機に二種あることを明かす。一つには定、二つには散なり。もし定行によれば、すなはち生を摂するに尽きず。これをもつて如来方便して三福を顕開して、もつて散動の根機に応じたまへり」と。

【20】 またいはく(散善義)、「また真実に二種あり。一つには自利真実、二つには利他真実なり。自利真実といふは、また二種あり。

一つには、真実心のうちに自他の諸悪および穢国等を制捨して、行住座臥に、一切菩薩の諸悪を制捨するに同じく、われもまたかくのごとくせんと想ふ。

二つには、真実心のうちに自他・凡聖等の善を勤修す。真実心のうちの口業に、かの阿弥陀仏および依正二報を讃嘆す。また真実心のうちの口業に、三界・六道等の自他の依正二報の苦悪のことを毀厭す。また一切衆生の三業所為の善を讃嘆す。もし善業にあらずは、つつしんでこれを遠ざかれ、また随喜せざれとなり。また真実心のうちの身業に、合掌し、礼敬し、四事等をもつてかの阿弥陀仏および依正二報を供養す。また真実心のうちの身業に、この生死三界等の自他の依正二報を軽慢し厭捨す。また真実心のうちの意業に、かの阿弥陀仏および依正二報を思想し、観察し、憶念して、目の前に現ぜるがごとくす。また真実心のうちの意業に、この生死三界等の自他の依正二報を軽賤し厭捨すと。{乃至}

 また決定して、釈迦仏、この『観経』に三福・九品・定散二善を説きて、かの仏の依正二報を証讃して人をして欣慕せしむと深信すと。{乃至}また深心の深信とは、決定して自心を建立して、教に順じて修行し、永く疑錯を除きて、一切の別解・別行異学・異見・異執のために退失傾動せられざるなりと。{乃至}

 次に行について信を立てば、しかるに行に二種あり。一つには正行、二つには雑行なり。正行といふは、もつぱら往生経の行によりて行ずるものは、これを正行と名づく。なにものかこれや。一心にもつぱらこの『観経』・『弥陀経』・『無量寿経』等を読誦する。一心にかの国の二報荘厳を専注し思想し観察し憶念する。もし礼せばすなはち一心にもつぱらかの仏を礼する。

もし口に称せばすなはち一心にもつぱらかの仏を称せよ。もし讃嘆供養せばすなはち一心にもつぱら讃嘆供養する。これを名づけて正とす。またこの正のなかについて、また二種あり。一つには、一心に弥陀の名号を専念して、行住座臥に時節の久近を問はず、念々に捨てざるものは、これを正定の業と名づく、かの仏願に順ずるがゆゑに。もし礼誦等によるは、すなはち名づけて助業とす。

この正助二行を除きて以外の自余の諸善は、ことごとく雑行と名づく。もし前の正助二行を修するは、心つねに親近し、憶念断えず、名づけて無間とす。もし後の雑行を行ずるは、すなはち心つねに間断す。回向して生ずることを得べしといへども、すべて疎雑の行と名づくるなり。ゆゑに深心と名づく。

 三つには回向発願心。回向発願心といふは、過去および今生の身口意業に修するところの世・出世の善根、および他の一切の凡聖の身口意業に修するところの世・出世の善根を随喜して、この自他所修の善根をもつて、ことごとくみな真実の深信の心のうちに回向して、かの国に生ぜんと願ず。ゆゑに回向発願心と名づくるなり」と。

【21】 またいはく(序分義)、「定善はを示す縁なり」と。

【22】 またいはく(同)、「散善はを顕す縁なり」と。

【23】 またいはく(散善義)、「浄土の要逢ひがたし」と。[文]{抄出}

【24】 またいはく(礼讃)、「『観経』の説のごとし。まづ三心を具してかならず往生を得。なんらをか三つとする。一つには至誠心。いはゆる身業にかの仏を礼拝す、口業にかの仏を讃嘆し称揚す、意業にかの仏を専念し観察す。およそ三業を起すに、かならず真実を須ゐるがゆゑに至誠心と名づく。{乃至}三つには回向発願心。所作の一切の善根、ことごとくみな回して往生を願ず、ゆゑに回向発願心と名づく。この三心を具してかならず生ずることを得るなり。もし一心少けぬればすなはち生ずることを得ず。『観経』につぶさに説くがごとし、知るべしと。{乃至}

 また菩薩はすでに生死を勉れて、所作の善法回して仏果を求む、すなはちこれ自利なり。衆生を教化して未来際を尽す、すなはちこれ利他なり。しかるに今の時の衆生、ことごとく煩悩のために繋縛せられて、いまだ悪道生死等の苦を勉れず。縁に随ひて行を起して、一切の善根つぶさにすみやかに回して、阿弥陀仏国に往生せんと願ぜん。かの国に到りをはりて、さらに畏るるところなけん。上のごときの四修、自然任運にして、自利利他具足せざることなしと、知るべし」と。

【25】 またいはく(礼讃)、「もしを捨てて雑業を修せんとするものは、百は時に希に一二を得、千は時に希に五三を得。なにをもつてのゆゑに、いまし雑縁乱動す、正念を失するによるがゆゑに、仏の本願と相応せざるがゆゑに、教と相違せるがゆゑに、仏語に順ぜざるがゆゑに、係念相続せざるがゆゑに、憶想間断するがゆゑに、回願慇重真実ならざるがゆゑに、貪瞋諸見の煩悩来り間断するがゆゑに、慚愧・懺悔の心あることなきがゆゑに。懺悔に三品あり。{乃至}

 上・中・下なり。上品の懺悔とは、身の毛孔のうちより血を流し、眼のうちより血出すをば上品の懺悔と名づく。中品の懺悔とは、遍身に熱き汗毛孔より出づ、眼のうちより血の流るるをば中品の懺悔と名づく。下品の懺悔とは、遍身徹り熱く、眼のうちより涙出づるをば下品の懺悔と名づく。これらの三品、差別ありといへども、これ久しく解脱分の善根を種ゑたる人なり。今生に法を敬ひ、人を重くし、身命を惜しまず、乃至小罪ももし懺すれば、すなはちよく心髄に徹りて、よくかくのごとく懺すれば、久近を問はず、所有の重障みなたちまちに滅尽せしむることを致す。もしかくのごとくせざれば、たとひ日夜十二時、急に走むれども、つひにこれ益なし。差うてなさざるものは知んぬべし。流涙・流血等にあたはずといへども、ただよく真心徹到するものは、すなはち上と同じ」と。{以上}

【26】 またいはく(観念法門)、「すべて余の雑業の行者を照摂すと論ぜず」と。

【27】 またいはく(法事讃・下)、「如来五濁に出現して、宜しきに随ひて方便して群萌を化したまふ。あるいは多聞にして得度すと説き、あるいは少しき解りて三明を証すと説く。あるいは福慧ならべて障を除くと教へ、あるいは禅念して座して思量せよと教ふ。種々の法門みな解脱す」と。

【28】 またいはく(般舟讃)、「万劫功を修せんことまことに続きがたし。一時に煩悩百たび千たび間はる。もし娑婆にして法忍を証せんことを待たば、六道にして恒沙の劫にもいまだ期あらじ。門々不同なるを漸教と名づく。万劫苦行して無生を証す。畢命を期としてもつぱら念仏すべし。須臾に命断ゆれば、仏迎へ将てまします。一食の時なほ間あり、いかんが万劫貪瞋せざらん。貪瞋は人・天を受くる路を障ふ。三悪・四趣のうちに身を安んず」と。{抄要}

【29】 またいはく(般舟讃)、「定散ともに回して宝国に入れ。すなはちこれ如来の異の方便なり。韋提はすなはちこれ女人の相、貪瞋具足の凡夫の位なり」と。{以上}

【30】 『論の註』(上)にいはく、「二種の功徳相あり。一つには有漏の心より生じて法性に順ぜず。いはゆる凡夫、人・天の諸善、人・天の果報、もしは因、もしは果、みなこれ顛倒す、みなこれ虚偽なり。ゆゑに不実の功徳と名づく」と。{以上}

【31】 『安楽集』(上)にいはく、「『大集経』の〈月蔵分〉を引きていはく、〈わが末法の時のなかに、億々の衆生、行を起し道を修せんに、いまだ一人も得るものあらじ〉と。当今は末法なり。この五濁悪世には、ただ浄土の一門ありて、通入すべき路なり」と。

【32】 またいはく(同・下)、「いまだ一万劫を満たざるこのかたは、つねにい まだ火宅を勉れず、顛倒墜堕するがゆゑに。おのおの功を用ゐることは至りて重く、獲る報は偽なり」と。{以上}

三経通顕(真仮分判)

【33】 しかるに、いま『大本』(大経)によるに、真実・方便の願を超発す。また『観経』には、方便・真実の教を顕彰す。『小本』(小経)には、ただ真門を開きて方便の善なし。ここをもつて三経の真実は、選択本願を宗とするなり。また三経の方便は、すなはちこれもろもろの善根を修するを要とするなり。
 これによりて方便の願(第十九願)を案ずるに、仮あり真あり、また行あり信あり。願とはすなはちこれ臨終現前の願なり。行とはすなはちこれ修諸功徳の善なり。信とはすなはちこれ至心・発願・欲生の心なり。この願の行信によりて、浄土の要門、方便権仮を顕開す。この要門より正・助・雑の三行を出せり。この正助のなかについて、専修あり雑修あり。機について二種あり。一つには定機、二つには散機なり。また二種の三心あり。
また二種の往生あり。二種の三心とは、一つには定の三心、二つには散の三心なり。定散の心はすなはち自利各別の心なり。二種の往生とは、一つには即往生、二つには便往生なり。便往生とはすなはちこれ胎生辺地、双樹林下の往生なり。即往生とはすなはちこれ報土化生なり。
またこの『経』(観経)に真実あり。これすなはち金剛の真心を開きて、摂取不捨を顕さんと欲す。しかれば濁世能化の釈迦善逝、至心信楽の願心を宣説したまふ。報土の真因は信楽を正とするがゆゑなり。ここをもつて『大経』には「信楽」とのたまへり、如来の誓願、疑蓋雑はることなきがゆゑに信とのたまへるなり。『観経』には「深心」と説けり、諸機の浅信に対せるがゆゑに深とのたまへるなり。『小本』(小経)には「一心」とのたまへり、二行雑はることなきがゆゑに一とのたまへるなり。また一心について深あり浅あり。深とは利他真実の心これなり、浅とは定散自利の心これなり。
【34】 宗師(善導)の意によるに、「心によりて勝行を起せり。門八万四千に余れり。漸・頓すなはちおのおの所宜に称へり。縁に随ふものすなはちみな解脱を蒙る」(玄義分)といへり。しかるに常没の凡愚、定心修しがたし、息慮凝心のゆゑに。散心行じがたし、廃悪修善のゆゑに。ここをもつて立相住心なほ成じがたきがゆゑに、「たとひ千年の寿を尽すとも、法眼いまだかつて開けず」(定善義)といへり。いかにいはんや無相離念まことに獲がたし。ゆゑに、「如来はるかに末代罪濁の凡夫を知ろしめして、相を立て心を住すとも、なほ得ることあたはじと。いかにいはんや、相を離れて事を求めば、術通なき人の空に居て舎を立てんがごときなり」(同)といへり。「門余」といふは、「門」はすなはち八万四千の仮門なり、「余」はすなはち本願一乗海なり。
【35】 おほよそ一代の教について、この界のうちにして入聖得果するを聖道門と名づく、難行道といへり。この門のなかについて、大・小、漸・頓、一乗・二乗・三乗、権・実顕・密、竪出・竪超あり。すなはちこれ自力、利他教化地、方便権門の道路なり。
安養浄刹にして入聖証果するを浄土門と名づく、易行道といへり。この門のなかについて、横出・横超、仮・真、漸・頓、助正・雑行、雑修・専修あるなり。
正とは五種の正行なり。助とは名号を除きて以外の五種これなり。雑行とは、正助を除きて以外をことごとく雑行と名づく。これすなはち横出・漸教、定散・三福、三輩・九品、自力仮門なり。
横超とは、本願を憶念して自力の心を離る、これを横超他力と名づくるなり。これすなはち専のなかの専、頓のなかの頓、真のなかの真、乗のなかの一乗なり。これすなはち真宗なり。すでに真実行のなかに顕しをはんぬ。
【36】 それ雑行・雑修、その言一つにして、その意これ異なり。雑の言において万行を摂入す。五正行に対して五種の雑行あり。雑の言は、人・天・菩薩等の解行、雑せるがゆゑに雑といへり。もとより往生の因種にあらず、回心回向の善なり。ゆゑに浄土の雑行といふなり。
また雑行について、専行あり専心あり、また雑行あり雑心あり。専行とはもつぱら一善を修す、ゆゑに専行といふ。専心とは回向をもつぱらにするがゆゑに専心といへり。雑行・雑心とは、諸善兼行するがゆゑに雑行といふ、定散心雑するがゆゑに雑心といふなり。
また正・助について専修あり雑修あり。この雑修について専心あり雑心あり。専修について二種あり。
一つにはただ仏名を称す、二つには五専あり。この行業について専心あり雑心あり。五専とは、一つには専礼、二つには専読、三つには専観、四つには専称、五つには専讃嘆なり。これを五専修と名づく。専修、その言一つにして、その意これ異なり。すなはちこれ定専修なり、また散専修なり。
専心とは、五正行をもつぱらにして、二心なきがゆゑに専心といふ。すなはちこれ定専心なり、またこれ散専心なり。雑修とは、助正兼行するがゆゑに雑修といふ。雑心とは、定散の心雑するがゆゑに雑心といふなり、知るべし。
 おほよそ浄土の一切諸行において、綽和尚(道綽)は「万行」(安楽集・下)といひ、導和尚(善導)は「雑行」(散善義)と称す。感禅師(懐感)は「諸行」(群疑論)といへり。信和尚(源信)は感師により、空聖人(源空)は導和尚によりたまふ。
経家によりて師釈を披くに、雑行のなかの雑行雑心・雑行専心・専行雑心あり。また正行のなかの専修専心・専修雑心・雑修雑心は、これみな辺地・胎宮・懈慢界の業因なり。ゆゑに極楽に生ずといへども三宝を見たてまつらず。仏心の光明、余の雑業の行者を照摂せざるなり。仮令の誓願(第十九願)まことに由あるかな。仮門の教欣慕の釈、これいよいよあきらかなり。
 二経の三心、顕の義によれば異なり、彰の義によれば一なり。三心一異の義、答へをはんぬ。

三経融会問答

【37】 また問ふ。『大本』(大経)と『観経』の三心と、『小本』(小経)の一心と、一異いかんぞや。
 答ふ。いま方便真門の誓願について、行あり信あり。また真実あり方便あり。願とはすなはち植諸徳本の願これなり。行とはこれに二種あり。一つには善本、二つには徳本なり。信とはすなはち至心・回向・欲生の心これなり。[二十願なり]機について定あり散あり。往生とはこれ難思往生これなり。仏とはすなはち化身なり。土とはすなはち疑城胎宮これなり。
『観経』に准知するに、この『経』(小経)にまた顕彰隠密の義あるべし。
顕といふは、経家は一切諸行の少善を嫌貶して、善本・徳本の真門を開示し、自利の一心を励まして難思の往生を勧む。ここをもつて『経』(同)には「多善根・多功徳・多福徳因縁」と説き、釈(法事讃・下)には「九品ともに回して不退を得よ」といへり。あるいは「無過念仏往西方三念五念仏来迎」(同・意)といへり。
これはこれこの『経』(小経)の顕の義を示すなり。これすなはち真門のなかの方便なり。彰といふは、真実難信の法を彰す。これすなはち不可思議の願海を光闡して、無碍の大信心海に帰せしめんと欲す。まことに勧めすでに恒沙の勧めなれば、信もまた恒沙の信なり。ゆゑに甚難といへるなり。
釈(法事讃・下)に、「ただちに弥陀の弘誓重なれるをもつて、凡夫念ずればすなはち生ぜしむることを致す」といへり。これはこれ隠彰の義を開くなり。『経』(小経)に「執持」とのたまへり。また「一心」とのたまへり。「執」の言は心堅牢にして移転せざることを彰すなり。「持」の言は不散不失に名づくるなり。「一」の言は無二に名づくるの言なり。「心」の言は真実に名づくるなり。この『経』(小経)は大乗修多羅のなかの無問自説経なり。しかれば如来、世に興出したまふゆゑは、恒沙の諸仏の証護の正意、ただこれにあるなり。ここをもつて四依弘経の大士三朝浄土の宗師、真宗念仏を開きて、濁世の邪偽を導く。
三経の大綱、顕彰隠密の義ありといへども、信心を彰して能入とす。ゆゑに経のはじめに「如是」と称す。「如是」の義はすなはちよく信ずる相なり。いま三経を案ずるに、みなもつて金剛の真心を最要とせり。真心はすなはちこれ大信心なり。大信心は希有・最勝・真妙・清浄なり。なにをもつてのゆゑに、大信心海ははなはだもつて入りがたし、仏力より発起するがゆゑに。真実の楽邦はなはだもつて往き易し、願力によりてすなはち生ずるがゆゑなり。いままさに一心一異の義を談ぜんとす、まさにこの意なるべしと。三経一心の義、答へをはんぬ。

真門釈(第二十願開説『小経』の意)

【38】 それ濁世の道俗、すみやかに円修至徳の真門に入りて、難思往生を願ふべし。真門の方便につきて、善本あり徳本あり。また定専心あり、また散専心あり、また定散雑心あり。雑心とは、大小・凡聖・一切善悪、おのおの助正間雑の心をもつて名号を称念す。まことに教は頓にして根は漸機なり。行は専にして心は間雑す。ゆゑに雑心といふなり。定散の専心とは、罪福を信ずる心をもつて本願力を願求す、これを自力の専心と名づくるなり。善本とは如来の嘉名なり。この嘉名は万善円備せり、一切善法の本なり。ゆゑに善本といふなり。徳本とは如来の徳号なり。この徳号は一声称念するに、至徳成満し衆禍みな転ず、十方三世の徳号の本なり。ゆゑに徳本といふなり。しかればすなはち釈迦牟尼仏は、功徳蔵を開演して、十方濁世を勧化したまふ。阿弥陀如来はもと果遂の誓[この果遂の願とは二十願なり]を発して、諸有の群生海を悲引したまへり。すでにして悲願います。植諸徳本の願と名づく、また係念定生の願と名づく、また不果遂者の願と名づく、また至心回向の願と名づくべきなり。

善本の経文証

【39】 ここをもつて『大経』(上)の願(第二十願)にのたまはく、「たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、わが名号を聞きて、念をわが国に係けて、もろもろの徳本を植ゑて、心を至し回向して、わが国に生ぜんと欲はん、果遂せずは正覚を取らじ」と。

【40】 またのたまはく(同・下)、「この諸智において疑惑して信ぜず、しかるになほ罪福を信じて、善本を修習して、その国に生ぜんと願ぜん。このもろもろの衆生、かの宮殿に生ず」と。

【41】 またのたまはく(同・下)、「もしひと善本なければ、この経を聞くことを得ず。清浄に戒を有てるもの、いまし正法を聞くことを獲ん」と。{以上}

【42】 『無量寿如来会』(上)にのたまはく、「もしわれ成仏せんに、無量国のなかの所有の衆生、わが名を説かんを聞きて、もつておのれが善根として極楽に回向せん。もし生れずは菩提を取らじ」と。{以上}

【43】 『平等覚経』(二)にのたまはく、「この功徳あるにあらざる人は、この経の名を聞くことを得ず。ただ清浄に戒を有てるもの、いまし還りてこの正法を聞く。悪と驕慢とと懈怠とは、もつてこの法を信ずること難し。宿世のときに仏を見たてまつれるもの、楽みて世尊の教を聴聞せん。人の命まれに得べし。仏は世にましませどもはなはだ値ひがたし。信慧ありて致るべからず。もし聞見せば精進して求めよ」と。{以上}

【44】 『観経』にのたまはく、「仏阿難に告げたまはく、〈なんぢよくこの語を持て。この語を持てといふは、すなはちこれ無量寿仏の名を持てとなり〉」と。{以上}

【45】 『阿弥陀経』にのたまはく、「少善根福徳の因縁をもつて、かの国に生ずることを得べからず。阿弥陀仏を説くを聞きて、名号を執持せよ」と。{以上}

善本の釈文証

【46】 光明寺の和尚(善導)のいはく(定善義)、「自余の衆行、これ善と名づくといへども、もし念仏に比ぶれば、まつたく比挍にあらざるなり。このゆゑに、諸経のなかに処々に広く念仏の功能を讃めたり。『無量寿経』の四十八願のなかのごとき、〈ただ弥陀の名号を専念して生ずることを得〉と明かす。また『弥陀経』のなかのごとし、〈一日・七日弥陀の名号を専念して生ずることを得〉と。また十方恒沙の諸仏の証誠虚しからざるなり。またこの『経』(観経)の定散の文のなかに、〈ただ名号を専念して生ずることを得〉と標す。この例一つにあらざるなり。広く念仏三昧を顕しをはんぬ」と。

【47】 またいはく(散善義)、「また決定して、『弥陀経』のなかに、十方恒沙の諸仏、一切凡夫を証勧して決定して生ずることを得と深信せよと。{乃至}諸仏は言行あひ違失したまはず。たとひ釈迦一切凡夫を指勧して、この一身を尽して専念専修して、捨命以後さだめてかの国に生るるといふは、すなはち十方の諸仏ことごとくみな同じく讃め、同じく勧め、同じく証したまふ。なにをもつてのゆゑに、同体の大悲のゆゑに。一仏の所化はすなはちこれ一切仏の化なり。

一切仏の化はすなはちこれ一仏の所化なり。すなはち『弥陀経』のなかに説かく、{乃至}また一切凡夫を勧めて〈一日・七日、一心にして弥陀の名号を専念すれば、さだめて往生を得ん〉と。次下の文にいはく、十方におのおの恒河沙等の諸仏ましまして、同じく釈迦を讃めたまはく、〈よく五濁悪時・悪世界・悪衆生・悪煩悩・悪邪・無信の盛んなるときにおいて、弥陀の名号を指讃して衆生を勧励して称念せしむれば、かならず往生を得〉と。すなはちその証なり。また十方仏等、衆生の釈迦一仏の所説を信ぜざらんことをおそれて、すなはちともに同心・同時におのおの舌相を出して、あまねく三千世界に覆ひて誠実の言を説きたまはく、〈なんだち衆生、みなこの釈迦の所説・所讃・所証を信ずべし。一切の凡夫、罪福の多少、時節の久近を問はず、ただよく上百年を尽し、下一日・七日に至るまで、一心に弥陀の名号を専念すれば、さだめて往生を得ること、かならず疑なきなり〉と。このゆゑに一仏の所説は、一切仏同じくその事を証誠したまふなり。これをについて信を立つと名づくるなり」と。{抄要}

【48】 またいはく(散善義)、「しかるに仏願の意を望むには、ただ正念を勧め、名を称せしむ。往生の義、疾きことは雑散の業には同じからず。この経および諸部のなかに、処々に広く嘆ずるがごときは、勧めて名を称せしむるをまさに要益とせんとするなり、知るべし」と。

【49】 またいはく(同)、「〈仏告阿難汝好持是語〉より以下は、まさしく弥陀の名号を付属して、遐代に流通することを明かす。上よりこのかた定散両門の益を説くといへども、仏の本願の意を望まんには、衆生をして一向にもつぱら弥陀仏の名を称するにあり」と。

【50】 またいはく(法事讃・下)、「極楽は無為涅槃の界なり。随縁の雑善、おそらくは生じがたし。ゆゑに如来、要法を選びて教へて弥陀を念ぜしめて、もつぱらにしてまたもつぱらならしめたまへり」と。

【51】 またいはく(同・下)、「劫尽きなんと欲するとき、五濁盛んなり。衆生邪見にしてはなはだ信じがたし。もつぱらにしてもつぱらなれと指授して西路に帰せしめしに、他のために破壊せられて還りて故のごとし。曠劫よりこのかたつねにかくのごとし。これ今生に始めてみづから悟るにあらず。まさしくよき強縁に遇はざるによりて、輪廻して得度しがたからしむることを致す」と。

【52】 またいはく(同・下)、「種々の法門みな解脱すれども、念仏して西方に往くに過ぎたるは無し。上一形を尽し、十念・三念・五念に至るまで、仏来迎したまふ。ただちに弥陀の弘誓重なれるをもつて、凡夫念ずればすなはち生ぜしむることを致す」と。

【53】 またいはく(般舟讃)、「一切如来方便を設けたまふこと、また今日の釈迦尊に同じ。機に随ひて法を説くにみな益を蒙る。おのおの悟解を得て真門に入れと。{乃至}仏教多門にして八万四なり。まさしく衆生の機不同なるがためなり。安身常住の処を覓めんと欲はば、まづ要行を求めて真門に入れ」と。

【54】 またいはく[智昇師の『礼懺儀』の文にいはく光明寺(善導)の『礼讃』なり]「それこのごろ、みづから諸方の道俗を見聞するに、解行不同にして専雑、異あり。ただ意をもつぱらにしてなさしむれば、十はすなはち十ながら生ず。雑を修するは至心ならざれば、千がなかに一もなし」と。{以上}

【55】 元照律師の『弥陀経の義疏』にいはく、「如来、持名の功勝れたることを明かさんと欲す。まづ余善を貶して少善根とす。いはゆる布施・持戒・立寺・造像・礼誦・座禅・懺念・苦行、一切福業、もし正信なければ、回向願求するにみな少善とす。往生の因にあらず。もしこの経によりて名号を執持せば、決定して往生せん。すなはち知んぬ、称名はこれ多善根・多福徳なりと。むかしこの解をなしし、人なほ遅疑しき。近く襄陽の石碑の経の本文を得て、理冥符せり。はじめて深信を懐く。かれにいはく、〈善男子・善女人、阿弥陀仏を説くを聞きて、一心にして乱れず、名号を専称せよ。称名をもつてのゆゑに、諸罪消滅す。すなはちこれ多功徳・多善根・多福徳因縁なり〉」と。{以上}

【56】 孤山の『疏』(阿弥陀経義疏)にいはく、「執持名号とは、執はいはく執受なり、持はいはく住持なり。信力のゆゑに執受心にあり、念力のゆゑに住持して忘れず」と。{以上}

勧信経文証(別引)

【57】 『大本』(大経・下)にのたまはく、「如来の興世、値ひがたく見たてまつりがたし。諸仏の経道、得がたく聞きがたし。菩薩の勝法、諸波羅蜜、聞くことを得ることまた難し。善知識に遇ひ、法を聞きよく行ずること、これまた難しとす。もしこの経を聞きて信楽受持すること、難のなかの難、これに過ぎて難きはなけん。このゆゑにわが法かくのごとくなしき、かくのごとく説く、かくのごとく教ふ。まさに信順して法のごとく修行すべし」と。{以上}

【58】 『涅槃経』(迦葉品)にのたまはく、「経のなかに説くがごとし。〈一切の梵行の因は善知識なり。一切梵行の因無量なりといへども、善知識を説けば、すなはちすでに摂尽しぬ〉。わが所説のごとし、〈一切の悪行は邪見なり。一切悪行の因無量なりといへども、もし邪見を説けば、すなはちすでに摂尽しぬ〉。あるいは説かく、〈阿耨多羅三藐三菩提は信心を因とす。これ菩提の因また無量なりといへども、もし信心を説けばすなはちすでに摂尽しぬ〉」と。

【59】 またのたまはく(同・迦葉品)、「善男子、に二種あり。一つには信、二つにはなり。かくのごときの人、また信ありといへども、推求にあたはざる、このゆゑに名づけて信不具足とす。信にまた二種あり。一つにはより生ず、二つにはより生ず。この人の信心、聞よりして生じて思より生ぜざる、このゆゑに名づけて信不具足とす。また二種あり。一つにはあることを信ず、二つには得者を信ず。この人の信心、ただ道あることを信じて、すべて得道の人あることを信ぜず、これを名づけて信不具足とす。また二種あり。一つには信正、二つには信邪なり。因果あり、仏法僧ありといはん、これを信正と名づく。

因果なく、三宝の性異なりと言ひて、もろもろの邪語、富蘭那等を信ずる、これを信邪と名づく。この人、仏法僧宝を信ずといへども、三宝同一の性相を信ぜず。因果を信ずといへども得者を信ぜず。このゆゑに名づけて信不具足とす。この人、不具足信を成就すと。{乃至}善男子、四つの善事あり、悪果を獲得せん。なんらをか四つとする。一つには勝他のためのゆゑに経典を読誦す。二つには利養のためのゆゑに禁戒を受持せん。三つには他属のためのゆゑにして布施を行ぜん。四つには非想非非想処のためのゆゑに繋念思惟せん。この四つの善事、悪果報を得ん。もし人、かくのごときの四事を修習せん、これを、没して没しをはりて還りて出づ、出でをはりて還りて没すと名づく。なんがゆゑぞ没と名づくる、三有を楽ふがゆゑに。なんがゆゑぞ出と名づくる、を見るをもつてのゆゑに。明はすなはちこれ戒・施・定を聞くなり。なにをもつてのゆゑに還りて出没するや。邪見を増長し驕慢を生ずるがゆゑに。このゆゑに、われ経のなかにおいて偈を説かく、〈もし衆生ありて諸有を楽んで、有のために善悪の業を造作する。この人は涅槃道を迷失するなり。これを暫出還復没と名づく。黒闇生死海を行じて、解脱を得といへども、煩悩を雑するは、この人還りて悪果報を受く。これを暫出還復没と名づく〉と。

 如来にすなはち二種の涅槃あり。一つには有為、二つには無為なり。有為涅槃は常楽我浄なし、無為涅槃は常楽我浄あり。〔乃至〕この人深くこの二種の戒ともに善果ありと信ず。このゆゑに名づけて戒不具足となす。この人は信・戒の二事を具せず。所修の多聞もまた不具足なり。いかなるをか名づけて聞不具足とする。如来の所説は十二部経なり、ただ六部を信じていまだ六部を信ぜず、このゆゑに名づけて聞不具足とす。またこの六部の経を受持すといへども、読誦にあたはずして他のために解説するは、利益するところなけん。このゆゑに名づけて聞不具足とす。またこの六部の経を受けをはりて、論議のためのゆゑに、勝他のためのゆゑに、利養のためのゆゑに、諸有のためのゆゑに、持読誦説せん。このゆゑに名づけて聞不具足とす」と。{略抄}

【60】 またのたまはく(涅槃経・徳王品)、「善男子、第一真実の善知識は、いはゆる菩薩・諸仏なり。世尊、なにをもつてのゆゑに、つねに三種の善調御をもつてのゆゑなり。なんらをか三つとする。一つには畢竟軟語、二つには畢竟呵責、三つには軟語呵責なり。この義をもつてのゆゑに、菩薩・諸仏はすなはちこれ真実の善知識なり。また次に善男子、仏および菩薩を大医とするがゆゑに、善知識と名づく。なにをもつてのゆゑに、病を知りて薬を知る、病に応じて薬を授くるがゆゑに。たとへば良医の善き八種の術のごとし。まづ病相を観ず。相に三種あり。なんらをか三つとする。いはく風・熱・水なり。風病の人にはこれに蘇油を授く。熱病の人にはこれに石蜜を授く。水病の人にはこれに薑湯を授く。病根を知るをもつて薬を授くるに、差ゆることを得。ゆゑに良医と名づく。仏および菩薩もまたまたかくのごとし。もろもろの凡夫の病を知るに三種あり。一つには貪欲、二つには瞋恚、三つには愚痴なり。貪欲の病には教へて骨相を観ぜしむ。瞋恚の病には慈悲の相を観ぜしむ。愚痴の病には十二縁相を観ぜしむ。この義をもつてのゆゑに諸仏・菩薩を善知識と名づく。善男子、たとへば船師のよく人を度するがゆゑに大船師と名づくるがごとし。諸仏・菩薩もまたまたかくのごとし。もろもろの衆生をして生死の大海を度す。この義をもつてのゆゑに善知識と名づく」と。{抄出}

【61】 『華厳経』(入法界品・唐訳)にのたまはく、「なんぢ善知識を念ずるに、われを生める、父母のごとし。われを養ふ、乳母のごとし。菩提分を増長す、衆の疾を医療するがごとし。天の甘露を灑ぐがごとし。日の正道を示すがごとし。月の浄輪を転ずるがごとし」と。

【62】 またのたまはく(同・入法界品・唐訳)、「如来大慈悲、世間に出現して、あまねくもろもろの衆生のために、無上法輪を転じたまふ。如来無数劫に勤苦せしことは衆生のためなり。いかんぞもろもろの世間、よく大師の恩を報ぜん」と。{以上}

勧信釈文証(別引)

【63】 光明寺の和尚(善導)のいはく(般舟讃)、「ただ恨むらくは、衆生の疑ふまじきを疑ふことを。浄土対面してあひ忤はず。弥陀の摂と不摂とを論ずることなかれ。意専心にして回すると回せざるとにあり。あるいはいはく、今より仏果に至るまで、長劫に仏を讃めて慈恩を報ぜん。弥陀の弘誓の力を蒙らずは、いづれの時いづれの劫にか娑婆を出でん。いかんしてか、今日宝国に至ることを期せん。まことにこれ娑婆本師の力なり。もし本師知識の勧めにあらずは、弥陀の浄土いかんしてか入らん。浄土に生ずることを得て慈恩を報ぜよ」と。

【64】 またいはく(礼讃)、「仏の世にはなはだ値ひがたし。人信慧あること難し。たまたま希有の法を聞くこと、これまたもつとも難しとす。みづから信じ、人を教へて信ぜしむること、難きなかにうたたまた難し。大悲弘く[弘の字、智昇法師の『懺儀』の文なり]あまねく化するは、まことに仏恩を報ずるに成る」と。

【65】 またいはく(法事讃・下)、「帰去来他郷には停まるべからず。仏に従ひて本家に帰せよ。本国に還りぬれば、一切の行願、自然に成ず。悲喜交はり流る。深くみづから度るに、釈迦仏の開悟によらずは、弥陀の名願いづれの時にか聞かん。仏の慈恩を荷なひても、実に報じがたし」と。

【66】 またいはく(同・下)、「十方六道、同じくこれ輪廻して際なし、々として愛波に沈みて苦海に沈む。仏道人身得がたくして今すでに得たり。浄土聞きがたくして今すでに聞けり。信心発しがたくして今すでに発せり」と。{以上}

真門決釈

【67】 まことに知んぬ、専修にして雑心なるものは大慶喜心を獲ず。ゆゑに宗師(善導)は、「かの仏恩を念報することなし。業行をなすといへども心に軽慢を生ず。つねに名利と相応するがゆゑに、人我おのづから覆ひて同行・善知識に親近せざるがゆゑに、楽みて雑縁に近づきて往生の正行を自障障他するがゆゑに」(礼讃)といへり。
 悲しきかな、垢障の凡愚無際よりこのかた助正間雑し、定散心雑するがゆゑに、出離その期なし。みづから流転輪廻を度るに、微塵劫を超過すれども、仏願力に帰しがたく、大信海に入りがたし。まことに傷嗟すべし、深く悲歎すべし。おほよそ大小聖人、一切善人、本願の嘉号をもつておのれが善根とするがゆゑに、信を生ずることあたはず、仏智を了らず。かの因を建立せることを了知することあたはざるゆゑに、報土に入ることなきなり。
【68】 ここをもつて愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離る。善本徳本の真門に回入して、ひとへに難思往生の心を発しき。しかるに、いまことに方便の真門を出でて、選択の願海転入せり。すみやかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。果遂の誓(第二十願)、まことに由あるかな。ここに久しく願海に入りて、深く仏恩を知れり。至徳を報謝せんがために、真宗の簡要を摭うて、恒常に不可思議の徳海を称念す。いよいよこれを喜愛し、ことにこれを頂戴するなり。

聖浄二道判と信疑決判

【69】 まことに知んぬ、聖道の諸教は在世・正法のためにして、まつたく像末法滅の時機にあらず。すでに時を失し機に乖けるなり。浄土真宗は在世・正法・像末・法滅、濁悪の群萌、斉しく悲引したまふをや。
【70】 ここをもつて経家によりて師釈を披きたるに、「説人の差別を弁ぜば、おほよそ諸経の起説、五種に過ぎず。一つには仏説、二つには聖弟子説、三つには天仙説、四つには鬼神説、五つには変化説なり」(玄義分)と。
しかれば四種の所説は信用にたらず。この三経はすなはち大聖(釈尊)の自説なり。


【71】 『大論』(大智度論)に四依を釈していはく、「涅槃に入りなんとせしとき、もろもろの比丘に語りたまはく、〈今日よりに依りてに依らざるべし、に依りてに依らざるべし、に依りてに依らざるべし、了義経に依りて不了義に依らざるべし。法に依るとは、法に十二部あり、この法に随ふべし、人に随ふべからず。義に依るとは、義のなかに好悪・罪福・虚実を諍ふことなし、ゆゑに語はすでに義を得たり、義は語にあらざるなり。人をもつてを指ふ、もつてわれを示教す、指を看視して月を視ざるがごとし。人語りていはん、《われ指をもつて月を指ふ、なんぢをしてこれを知らしむ、なんぢなんぞ指を看て、しかうして月を視ざるや》と。これまたかくのごとし。語は義の指とす、語は義にあらざるなり。これをもつてのゆゑに、語に依るべからず。智に依るとは、智はよく善悪を籌量し分別す。識はつねに楽を求む、正要に入らず。このゆゑに識に依るべからずといへり。了義経に依るとは、一切智人います、仏第一なり。一切諸経書のなかに仏法第一なり。一切衆のなかに比丘僧第一なり〉と。無仏世の衆生を、仏これを重罪としたまへり、見仏の善根を種ゑざる人なり」と。{以上}


【72】 しかれば末代の道俗、よく四依を知りて法を修すべきなりと。
【73】 しかるに正真の教意によつて古徳の伝説を披く。聖道・浄土の真仮を顕開して、邪偽・異執の外教を教誡す。如来涅槃の時代を勘決して正・像・末法の旨際を開示す。


【74】 ここをもつて玄中寺の綽和尚(道綽)のいはく(安楽集・下)、「しかるに修道の身、相続して絶えずして、一万劫を経てはじめて不退の位を証す。当今の凡夫は現に信想軽毛と名づく、また仮名といへり、また不定聚と名づく、また外の凡夫と名づく。いまだ火宅を出でず。なにをもつて知ることを得んと。 『菩薩瓔珞経』によりて、つぶさに入道行位を弁ずるに、法爾なるがゆゑに難行道と名づく」と。

【75】 またいはく(同・上)、「教興の所由を明かして、時に約し機に被らしめて浄土に勧帰することあらば、もし機と教と時と乖けば、修しがたく入りがたし。『正法念経』にいはく、〈行者一心に道を求めんとき、つねにまさに時と方便とを観察すべし。もし時を得ざれば方便なし。これを名づけて失とす、利と名づけず。いかんとならば、湿へる木を攅りて、もつて火を求めんに、火得べからず、時にあらざるがゆゑに。もし乾れたる薪を折りて、もつて水を覓めんに、水得べからず、智なきがごときのゆゑに〉と。『大集の月蔵経』にのたまはく、〈仏滅度ののちの第一の五百年には、わがもろもろの弟子、慧を学ぶこと堅固なることを得ん。第二の五百年には定を学ぶこと堅固なることを得ん。第三の五百年には多聞読誦を学ぶこと堅固なることを得ん。第四の五百年には塔寺を造立し、福を修し、懺悔すること堅固なることを得ん。第五の五百年には白法隠滞して多く諍訟あらん、微しき善法ありて堅固なることを得ん〉と。今の時の衆生を計るに、すなはち仏、世を去りたまひてのちの第四の五百年に当れり。まさしくこれ懺悔し、福を修し、仏の名号を称すべき時のものなり。一念阿弥陀仏を称するに、すなはちよく八十億劫の生死の罪を除却せん。一念すでにしかなり、いはんや常念に修するは、すなはちこれつねに懺悔する人なり」と。

【76】 またいはく(安楽集・下)、「経の住滅を弁ぜば、いはく、釈迦牟尼仏一代、正法五百年、像法一千年、末法一万年には、衆生減じ尽き、諸経ことごとく滅せん。如来、痛焼の衆生を悲哀して、ことにこの経を留めて止住せんこと百年ならん」と。

【77】 またいはく(安楽集・上)、「『大集経』にのたまはく、〈わが末法の時のなかの億々の衆生、行を起し道を修せんに、いまだ一人も得るものあらじ〉と。当今は末法にしてこれ五濁悪世なり。ただ浄土の一門のみありて通入すべき路なり」と。{以上}

【78】 しかれば穢悪・濁世の群生、末代の旨際を知らず、僧尼の威儀を毀る。今の時の道俗、おのれが分を思量せよ。
【79】 三時の教を案ずれば、如来般涅槃の時代を勘ふるに、周の第五の主穆王五十三年壬申に当れり。その壬申よりわが元仁元年[元仁とは後堀川院諱茂仁の聖代なり]甲申に至るまで、二千一百七十三歳なり。また『賢劫経』・『仁王経』・『涅槃』等の説によるに、すでにもつて末法に入りて六百七十三歳なり。

【80】 『末法灯明記』[最澄の製作]を披閲するにいはく、「それ一如に範衛してもつて化を流すものは法王四海に光宅してもつて風を垂るるものは仁王なり。しかればすなはち仁王・法王、たがひに顕れて物を開し真諦・俗諦たがひによりて教を弘む。このゆゑに玄籍宇内に盈ち、嘉猷天下に溢てり。ここに愚僧等率して天網に容り、俯して厳科を仰ぐ。いまだ寧処に遑あらず。しかるに法に三時あり、人また三品なり。化制の旨、時によりて興替す。毀讃の文、人に逐つて取捨す。それ三古の運減衰同じからず。後五の機、慧悟また異なり。あに一途によつて済はんや、一理について整さんや。ゆゑに正・像・末の旨際を詳らかにして、試みに破持僧の事を彰さん。なかにおいて三あり。初めには正・像・末を決す。次に破持僧の事を定む。後に教を挙げて比例す。

 初めに正・像・末を決するに、諸説を出すこと同じからず。しばらく一説を述せん。大乗基、『賢劫経』を引きていはく、〈仏涅槃ののち、正法五百年、像法一千年ならん。この千五百年ののち、釈迦の法滅尽せん〉と。末法をいはず。余の所説に准ふるに、尼、八敬に順はずして懈怠なるがゆゑに、法更増せず。ゆゑに彼によらず。また『涅槃経』に、〈末法のなかにおいて十二万の大菩薩衆ましまして、法を持ちて滅せず〉と。これは上位によるがゆゑにまた同じからず。

 問ふ。もししからば千五百年のうちの行事いかんぞや。

 答ふ。『大術経』によるに、〈仏涅槃ののちの初めの五百年には、大迦葉等の七賢聖僧、次第に正法を持ちて滅せず、五百年ののち正法滅尽せんと。六百年に至りてのち、九十五種の外道競ひ起らん。馬鳴世に出でてもろもろの外道を伏せん。七百年のうちに、龍樹世に出でて邪見の幡を摧かん。八百年において、比丘縦逸にして、わづかに一二道果を得るものあらん。九百年に至りて、奴を比丘とし、婢を尼とせん。一千年のうちに、不浄観を聞かん、瞋恚して欲せじ。千一百年に、僧尼嫁娶せん、僧毘尼を毀謗せん。千二百年に、諸僧尼等ともに子息あらん。千三百年に、袈裟変じて白からん。千四百年に、四部の弟子みな猟師のごとし、三宝物を売らん。ここにいはく、千五百年に拘睒弥国にふたりの僧ありて、たがひに是非を起してつひに殺害せん、よつて教法竜宮に蔵まるなり〉と。『涅槃』の十八および『仁王』等にまたこの文あり。 これらの経文に準ふるに、千五百年ののち戒・定・慧あることなきなり。ゆゑに『大集経』の五十一にいはく、〈わが滅度ののち、初めの五百年には、もろもろの比丘等わが正法において解脱堅固ならん。[初めに聖果を得るを名づけて解脱とす。]次の五百年には禅定堅固ならん。次の五百年には多聞堅固ならん。次の五百年には造寺堅固ならん。後の五百年には闘諍堅固ならん、白法隠没せん〉と、云々。この意、初めの三分の五百年は、次いでのごとく戒・定・慧の三法、堅固に住することを得ん。すなはち上に引くところの正法五百年、像法一千の二時これなり。造寺以後は、ならびにこれ末法なり。ゆゑに基の『般若会の釈』にいはく、〈正法五百年、像法一千年、この千五百年ののち正法滅尽せん〉と。ゆゑに知んぬ、以後はこれ末法に属す。

 問ふ。もししからば、いまの世は、まさしくいづれの時にか当れるや。

 答ふ。滅後の年代多説ありといへども、しばらく両説を挙ぐ。一つには法上師等『周異』の説によりていはく、〈仏、第五の主、穆王満五十三年壬申に当りて入滅したまふ〉と。もしこ[[の説によらば、その壬申よりわが延暦二十年辛巳に至るまで、一千七百五十歳なり。二つには]]費長房等、魯の『春秋』によらば、仏、周の第二十一の主、匡王班四年壬子に当りて入滅したまふ。もしこの説によらば、その壬子よりわが延暦二十年辛巳に至るまで、一千四百十歳なり。ゆゑに今の時のごときは、これ像法最末の時なり。かの時の行事すでに末法に同ぜり。しかればすなはち末法のなかにおいては、ただ言教のみありて行証なけん。もし戒法あらば破戒あるべし。すでに戒法なし、いづれの戒を破せんによりてか破戒あらんや。破戒なほなし、いかにいはんや持戒をや。ゆゑに『大集』にいはく、〈仏涅槃ののち無戒州に満たん〉と、云々。

 問ふ。諸経律のなかに、広く破戒を制して衆に入ることを聴さず。破戒なほしかなり、いかにいはんや無戒をや。しかるにいま重ねて末法を論ずるに、戒なし。あに瘡なくして、みづからもつて傷まんや。

 答ふ。この理しからず。正・像・末法の所有の行事、広く諸経に載せたり。内外の道俗たれか披諷せざらん。あに自身の邪活を貪求して、持国の正法を隠蔽せんや。ただし、いま論ずるところの末法には、ただ名字の比丘のみあらん。この名字を世の真宝とせん。福田なからんや。たとひ末法のなかに持戒あらば、すでにこれ怪異なり、市に虎あらんがごとし。これたれか信ずべきや。

 問ふ。正・像・末の事、すでに衆経に見えたり。末法の名字を世の真宝とせんことは、聖典に出でたりや。

 答ふ。『大集』の第九にいはく、〈たとへば真金を無価の宝とするがごとし。もし真金なくは銀を無価の宝とす。もし銀なくは、鍮石・偽宝を無価とす。もし偽宝なくは、赤白銅・鉄・白錫・鉛を無価とす。かくのごとき一切世間の宝なれども仏法無価なり。もし仏宝ましまさずは、縁覚無上なり。もし縁覚なくは、羅漢無上なり。もし羅漢なくは、余の賢聖衆もつて無上なり。もし余の賢聖衆なくは、得定の凡夫もつて無上とす。もし得定の凡夫なくは、浄持戒をもつて無上とす。もし浄持戒なくは、漏戒の比丘をもつて無上とす。もし漏戒なくは、剃除鬚髪して身に袈裟を着たる名字の比丘を無上の宝とす。余の九十五種の異道に比するに、もつとも第一とす。世の供を受くべし、物のための初めの福田なり。なにをもつてのゆゑに、よく身を破る衆生、怖畏するところなるがゆゑに。護持養育して、この人を安置することあらんは、久しからずして忍地を得ん〉と。{以上経文}この文のなかに八重の無価あり。いはゆる如来、縁覚・声聞および前三果、得定の凡夫、持戒・破戒・無戒名字、それ次いでのごとし、名づけて正・像・末の時の無価の宝とするなり。初めの四つは正法時、次の三つは像法時、後の一つは末法時なり。これによりてあきらかに知んぬ、破戒・無戒ことごとくこれ真宝なり。

 問ふ。伏して前の文を観るに、破戒名字、真宝ならざることなし。なんがゆゑぞ『涅槃』と『大集経』に、《国王・大臣、破戒の僧を供すれば、国に三災起り、つひに地獄に生ず》と。破戒なほしかなり、いかにいはんや無戒をや。 しかるに如来、一つの破戒において、あるいは毀り、あるいは讃む。あに一聖の説に両判の失あるをや。

 答ふ。この理しからず。『涅槃』等の経に、しばらく正法の破戒を制す。像・末代の比丘にはあらず。その名同じといへども、時に異あり。時に随ひて制許す。これ大聖(釈尊)の旨なり。ゆゑに世尊において両判の失ましまさず。

 問ふ。もししからばなにをもつてか知らん、『涅槃』等の経は、ただ正法所有の破戒を制止して、像・末の僧にあらずとは。

 答ふ。引くところの『大集』所説の八重の真宝のごとし、これその証なり。みな時に当りて無価となすゆゑに。ただし正法の時の破戒比丘は、清浄衆を穢す。ゆゑに仏固く禁制して衆に入れず。しかるゆゑは、『涅槃』の第三にのたまはく、〈如来いま無上の正法をもつて、諸王・大臣・宰相・比丘・比丘尼に付属したまへり。{乃至}破戒あつて正法を毀るものは、王および大臣、四部の衆、まさに苦治すべし。かくのごときの王臣等、無量の功徳を得ん。{乃至}これわが弟子なり、真の声聞なり、福を得ること無量ならん〉と。{乃至}かくのごときの制文の法、往々衆多なり。みなこれ正法に明かすところの制文なり。像・末の教にあらず。しかるゆゑは、像季・末法には正法を行ぜざれば、法として毀るべきなし。なにをか毀法と名づけん。戒として破すべきなし。たれをか破戒と名づけん。またそのとき大王、行として護るべきなし。なにによりてか三災を出し、および戒慧を失せんや。また像・末には証果の人なし。いかんぞ二聖に聴護せらるることを明かさん。ゆゑに知んぬ、上の所説はみな正法の世に持戒あるときに約して、破戒あるがゆゑなり。

 次に像法千年のうちに、初めの五百年には持戒やうやく減じ、破戒やうやく増せん。戒行ありといへども証果なし。ゆゑに『涅槃』の七にのたまはく、〈迦葉菩薩、仏にまうしてまうさく、《世尊、仏の所説のごときは四種の魔あり。もし魔の所説および仏の所説、われまさにいかんしてか分別することを得べき。もろもろの衆生ありて魔行に随逐せん。また仏説に随順することあらば、かくのごときらの輩、またいかんが知らん》と。仏、迦葉に告げたまはく、《われ涅槃して七百歳ののちに、これ魔波旬やうやく起りて、まさにしきりにわが正法を壊すべし。たとへば猟師の身に法衣を服せんがごとし。魔波旬もまたまたかくのごとし。比丘像・比丘尼像・優婆塞・優婆夷像とならんこと、またまたかくのごとしと。{乃至}“もろもろの比丘、奴婢、僕使、牛・羊・象・馬、乃至銅鉄釜鍑、大小銅盤、所須のものを受畜し、耕田・種植、販売・市易して、穀米を儲くることを聴すと。かくのごときの衆事、仏、大悲のゆゑに衆生を憐愍してみな畜ふることを聴さん”と。かくのごときの経律は、ことごとくこれ魔説なり》〉と、云々。すでに〈七百歳ののちに波旬やうやく起らん〉といへり。ゆゑに知んぬ、かの時の比丘、やうやく八不浄物を貪畜せんと。この妄説をなさん、すなはちこれ魔の流なり。これらの経のなかにあきらかに年代を指して、つぶさに行事を説けり。さらに疑ふべからず。それ一文を挙ぐ、余みな準知せよ。

 次に、像法の後半ばは持戒減少し、破戒巨多ならん。ゆゑに『涅槃』の六にのたまはく、{乃至}また『十輪』にのたまはく、〈もしわが法によりて出家して悪行を造作せん。これ沙門にあらずしてみづから沙門と称し、また梵行にあらずしてみづから梵行と称せん。かくのごときの比丘、よく一切天・竜・夜叉、一切善法功徳の伏蔵を開示して、衆生の善知識とならん。少欲知足ならずといへども、剃除鬚髪して、法服を被着せん。この因縁をもつてのゆゑに、よく衆生のために善根を増長せん。もろもろの天・人において善道を開示せん。乃至破戒の比丘、これ死せる人なりといへども、しかも戒の余才、牛黄のごとし。

これ死するものといへども、人ことさらにこれを取る。また麝香ののちに用あるがごとし〉と、云々。すでに〈迦羅林のなかに一つの鎮頭迦樹あり〉といへり。これは像運すでに衰へて、破戒濁世にわづかに一二持戒の比丘あらんに喩ふるなり。またいはく、〈破戒の比丘、これ死せる人なりといへども、なほ麝香の死して用あるがごとし。衆生の善知識となる〉と。あきらかに知んぬ、このときやうやく破戒を許して世の福田とす。前の『大集』に同じ。

 次に、像季の後は、まつたくこれ戒なし。仏、時運を知ろしめして、末俗を済はんがために名字の僧を讃めて世の福田としたまへり。また『大集』の五十二にのたまはく、〈もし後の末世に、わが法のなかにおいて鬚髪を剃除し、身に袈裟を着たらん名字の比丘、もし檀越ありて捨施供養をせば、無量の福を得ん〉と。また『賢愚経』にのたまはく、〈もし檀越、将来末世に法尽きんとせんに垂として、まさしく妻を蓄へ、子を侠ましめん四人以上の名字の僧衆、まさに礼敬せんこと、舎利弗・大目連等のごとくすべし〉と。またのたまはく、〈もし破戒を打罵し、身に袈裟を着たるを知ることなからん、罪は万億の仏身より血を出すに同じからん。もし衆生ありて、わが法のために剃除鬚髪し袈裟を被服せんは、たとひ戒を持たずとも、かれらはことごとくすでに涅槃の印のために印せらるるなり〉と。{乃至}『大悲経』にのたまはく、〈仏、阿難に告げたまはく、《将来世において法滅尽せんと欲せんとき、まさに比丘・比丘尼ありて、わが法のなかにおいて出家を得たらんもの、おのれが手に児の臂を牽きて、ともに遊行してかの酒家より酒家に至らん。わが法のなかにおいて非梵行をなさん。かれら酒の因縁たりといへども、この賢劫のなかにおいて、まさに千仏ましまして興出したまはんに、わが弟子となるべし。次に、後に弥勒まさにわが処を補ぐべし。乃至最後盧至如来まで、かくのごとき次第に、なんぢまさに知るべし。阿難わが法のなかにおいて、ただ性のみこれ沙門にして、沙門の行を汚し、みづから沙門と称せん、かたちは沙門に似て、ひさしく袈裟を被着することあらしめんは、賢劫において弥勒を首として乃至盧至如来まで、かのもろもろの沙門、かくのごときの仏の所にして、無余涅槃において次第に涅槃に入ることを得ん。遺余あることなけん。なにをもつてのゆゑに。

かくのごとき一切沙門のなかに、乃至ひとたび仏の名を称し、ひとたび信を生ぜんもの、所作の功徳つひに虚設ならじ。われ仏智をもつて法界を測知するがゆゑなり》〉と、云々。{乃至}これらの諸経に、みな年代を指して将来末世の名字の比丘を世の尊師とす。もし正法の時の制文をもつて、末法世の名字の僧を制せんは、教・機あひ乖き、人・法合せず。これによりて『』にいはく、 〈非制を制するは、すなはち三明を断ず。記説するところこれ罪あり〉と。この上に経を引きて配当しをはんぬ。

 後に教を挙げて比例せば、末法法爾として正法毀壊し、三業記なし。四儀乖くことあらん。しばらく『像法決疑経』にのたまふがごとし。{乃至}また『遺教経』にのたまはく、{乃至}また『法行経』にのたまはく、{乃至}『鹿子母経』にのたまはく、{乃至}また『仁王経』にのたまはく。{乃至}」{以上略抄}