説聴の方軌
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せっちょうのほうき
教えを説くものと聞くものとの心得。(信巻 P.258、安楽集 P.181、安楽集 P.185)
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
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せっちょうのほうき 説聴の方軌
方軌とは規定・法則の意で、教えを説く者と聴く者の姿勢のこと。『安楽集』(信巻引文・註 258) に説かれている。(浄土真宗辞典)
- 説教する者と聴法する者の正しい作法、規定。道綽は、大集経・智度論・大経・平等覚経などを引き説聴方軌を明かして、説聴の心得をあげ、舎利弗・目連の因縁を示し、また宿善宿悪の義で信不信の別があるとし、驕慢と弊と懈怠の者は信じ難いと戒める〔安楽〕。親鸞は、説法者は医王の想、抜苦の想をなし、説かれる法に甘露・醍醐の想をなし、聴法者は増長勝解の想、愈病の想をなすべきであるとの文を引く (安楽-信)。(真宗大辞典)
『安楽集』の引文
- 【92】 『安楽集』(上 一八五)にいはく、「諸部の大乗によりて説聴の方軌を明かさば、『大集経』にのたまはく、〈説法のひとにおいては、医王の想をなせ、抜苦の想をなせ。所説の法をば甘露の想をなせ、醍醐の想をなせ。それ聴法のひとは、増長勝解の想をなせ、
愈病 [1]の想をなせ。もしよくかくのごとき説者・聴者は、みな仏法を紹隆するに堪へたり。つねに仏前に生ぜん〉と。{乃至}(信巻 P.258)
- ↑ 愈病(ゆびょう)。病気が癒(い)えること。