「顕彰隠密」の版間の差分
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2023年10月18日 (水) 22:18時点における版
けんしょう-おんみつ
浄土真宗で、『観経』と『小経』の説相を解釈するのに用いる名目で略して
顕説とは顕著に説かれている教義で、『観経』では
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『化巻』で、『観経』の説相 (法の説き方) を述べて、
「隠/顕」
「現代語」
- 問うていう。『無量寿経』に説かれている至心・信楽・欲生の三心と『観無量寿経』に説かれている至誠心・深信・回向発願心の三心とは、同じなのであろうか、異なるのであろうか。
- 答えていう。善導大師の解釈された意向にしたがって『観無量寿経』をうかがうと、顕彰隠密の義がある。
- その顕とは、定善・散善のさまざまな善を顕わすものであり、往生するものについて上・中・下の三輩を区別し、至誠心・深信・回向発願心の三心を示している。しかし、定善・散善の二善、世福・戒福・行福の三福は、報土に生れるまことの因ではない。三輩のそれぞれがおこす三心は、それぞれの能力に応じておこす自力の心であって、他力の一心ではない。これは釈尊が弘願とは異なる方便の法として説かれたものであり、浄土往生を願わせるために示された善である。これが『観無量寿経』の表に説かれている意味であり、すなわち顕の義である。
- その彰とは、阿弥陀仏の弘願を彰すものであり、すべてのものが等しく往生する他力の一心を説きあらわしている。
と、顕彰隠密の義があるとされ、十三の文例(化巻 P.382)をあげて『観経』解釈の顕説 (随他意)と隠彰 (随自意)の解釈法を例示しておられる。このように隠顕という語で経・論・釈の真実と方便を釈された嚆矢は幸西大徳であった。
- 幸西大徳の一念義
- 機に浅深あるが故に教に隠顕あり、顕といは浅なり、隠といは深也。浅機は常に多く、深機は希に難し。故に諸教の機は多く、当教の機は少く、諸行の機は多く、念仏の機は希也。又多念の機は多く、一念の機は難く、化土の機は多く、報土の機は難く、別願の機は多く、一乗の機は難中之難無過此難也。
ちなみに『大経』では以下のように方便は方便と解るように説かれている。
- また無量寿仏のその道場樹は、高さ四百万里なり。その本、周囲五十由旬なり。枝葉四に布きて二十万里なり。一切の衆宝自然に合成せり。月光摩尼・持海輪宝の衆宝の王たるをもつて、これを荘厳せり。(化巻 P.377)
御開山は、浄土の具体化された様相を語られることはない。ましてや樹高が四百万里、周囲が五十由旬、枝葉が二十万里なり、という変則的な道場樹の表現 (図にすれば判る)は方便であり、この文に化土の相を見られたのであった。なお『讃阿弥陀仏偈』の偈文を和讃され、
- 七宝講堂道場樹
- 方便化身の浄土なり
- 十方来生きはもなし
- 講堂道場礼すべし (浄土 P.562)
と和讃されている。
もっとも、この「和讃」は方便の相を示してまでの慈悲の顕れを讃嘆されているのであろう。
- インクルード 補註15
補 註 |
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阿弥陀仏 |
往生・真実証・浄土 |
機・衆生 |
具縛の凡愚・屠沽の下類 |
業・宿業 |
正定聚 |
信の一念・聞 |
真実教 |
旃陀羅 |
大行・真実行 |
大信・真実信 |
他力・本願力回向 |
同朋・同行 |
女人・根欠・五障三従 |
方便・隠顕 |
菩薩 |
本願 |
→七祖 補註へ |
15
方便とは、仏が
権仮方便とは、未熟な機は直ちに仏の随自意真実の法門を受けとれないから、その機に応じて、仮に暫く誘引のために用いられる程度の低い教えをいう。機が熟すれば真実の法門に入らしめて、権仮の法門は還って廃せられる。このように暫く用いるが、後には還って廃するような
阿弥陀仏の第十九願に応じて説かれた釈尊の教えが『
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
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