操作

「たすけたまへ」の版間の差分

提供: WikiArc

 
(同じ利用者による、間の1版が非表示)
5行目: 5行目:
 
{{Copyright}}
 
{{Copyright}}
 
----
 
----
「たすける」という本願の言葉に、それでは「たすけなさいませ」と阿弥陀仏にお任せすること。
+
「たすける」という本願の言葉に、それでは「たすけなさいませ」と阿弥陀仏にお任せすることを許諾(相手の願いを聞き入れて許すこと)といふ。
 +
{{Inyou2|
 +
たすけたまえ たすけたまへ
 +
 
 +
 一般的には「おたすけください」という意であるが、浄土真宗では、衆生が阿弥陀仏に向かって救いを<kana>請求(しょうぐ)</kana>する意ではなく、<kana>許諾(こだく)</kana>(聞き入れて承諾する)の義で、「必ずたすける」という[[本願招喚の勅命]]を<kana>領納(りょうのう)</kana>(うけいれる)して、仰せの通りに[[信順]]している信相をあらわした語として用いられる。『御文章』3帖目第2通には
 +
:「後生たすけたまへとふたごころなく信じまゐらするこころ」([[御文三#P--1137|註 1137]])、
 +
5帖目第4通には
 +
:「一心一向に阿弥陀如来たすけたまへとふかく心に疑なく信じて」([[御文章#P--1191|註 1191]])
 +
等とある。 →[[たのむ]]、[[たのむたすけたまえ]](タノムタスケタマヘ)。(浄土真宗辞典)
 +
}}
  
 
:→[[たのむ]]
 
:→[[たのむ]]
:→[[たすけたまへとおもへば]]
+
{{Tinc|たすけたまへとおもへば}}

2023年5月9日 (火) 10:34時点における最新版

たすけたまへ

 浄土真宗では、衆生が阿弥陀如来に向かっておたすけを請求(しょうぐ)する意ではなく、許諾(こだく)(先方の言い分を許し承諾する)の義で、「必ずたすける」という本願招喚の勅命を領納して、仰せの通りに信順している信相をあらわす。

出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。

「たすける」という本願の言葉に、それでは「たすけなさいませ」と阿弥陀仏にお任せすることを許諾(相手の願いを聞き入れて許すこと)といふ。

たすけたまえ たすけたまへ

 一般的には「おたすけください」という意であるが、浄土真宗では、衆生が阿弥陀仏に向かって救いを請求(しょうぐ)する意ではなく、許諾(こだく)(聞き入れて承諾する)の義で、「必ずたすける」という本願招喚の勅命領納(りょうのう)(うけいれる)して、仰せの通りに信順している信相をあらわした語として用いられる。『御文章』3帖目第2通には

「後生たすけたまへとふたごころなく信じまゐらするこころ」(註 1137)、

5帖目第4通には

「一心一向に阿弥陀如来たすけたまへとふかく心に疑なく信じて」(註 1191)

等とある。 →たのむたのむたすけたまえ(タノムタスケタマヘ)。(浄土真宗辞典)

たのむ

◆ 参照読み込み (transclusion) たすけたまへとおもへば

たすけたまへとおもへば (後世物語 P.1366)

親鸞聖人には、たのむ((たの)む)という、おまかせするとの意味の用例はあるが、「たすけたまえ」という用例はない。この「(たの)む」の語源の一つは、田の実(田で獲れる米)であるという。(トーク:たのむ)。 
たしかに『涅槃経』には「命を説きて食とす」(真巻 P.349) という語もあり、生命(いのち)は食べることによって維持されるものであり食はタノミである。その意味で田の実がタノミ、タノムの語源という説はうなづける。ここでのタノムの意味は神仏に「お願いする、懇願する」という意味ではなく、自己の存在をゆだねるという意味であり、あてたよりにするということである。現代で使われる神仏への祈願の「頼む」や「恃む」とは意味が異なることに注意すべきである。たのむが神仏への懇願の意味になったのは江戸時代に入ってからといわれる。

「たすけたまへ」は、「タスク」という動詞の連用形「タスケ」に、尊敬の意をあらわす補助動詞「たまふ」の命令形「たまへ」の形で、「おたすけくださいませ」という意味であろう。
法然聖人の、真偽未詳とされる『黒谷上人御法語』(二枚起請文)には、

仏の願によらずば、かゝるあさましきものゝの往生の大事をとぐべしやと思て、阿弥陀仏の悲願をあふぎ、他力をたのみて名号を憚りなく唱べき也。是を本願を(たのむ)とはいふなり。すべて仏たすけたまへと思て、名号をとなふるに(すぎ)たる事はなき也。(*)

と「仏たすけたまへと思て、名号をとなふる」という例がある。これは「本願を(たの)」んで、つまり阿弥陀仏の悲願におまかせした上での「たすけたまえ」である。法然聖人は対機説法がたくみであり、このような「たすけたまえ」という人格的表現は阿弥陀仏を人格化することで聴く人に理解しやすいように法を説かれたのであろう。
ともあれ親鸞聖人には「たすけたまえ」の用例はない。「たすけたまえ」は衆生の側からの救済の請求(しょうぐ)の意になるので、本願力という法による衆生への回向に立脚した親鸞聖人は使われなかったのであろう。
しかし、なんまんだぶ、と仏の側からの救済の名乗り(本願招喚の勅命)を受け容れる信順の意味でとれば、「たすけたまへ」は相手の意を受けいれる許諾(こだく)(むこうの言い分を許し承諾する)の意になる。救いの勅命に「それでは、たすけたまへ」という意味になる。つまり、自己が先行すると救いの請求になるのだが、先行する阿弥陀仏の呼び声に呼応する場合は「勅命にしたがひて召しにかなふ」(尊号p.656) の「召しにかなふ」という衆生の側からの約生の表現になるのであった。
後年、本願寺八代目蓮如上人のご教化のスタイルについて、『御一代聞書』(聞書p.1290) で、

(188)
一 聖人(親鸞)の御流はたのむ一念のところ肝要なり。ゆゑに、たのむといふことをば代々あそばしおかれ候へども、くはしくなにとたのめといふことをしらざりき。しかれば、前々住上人の御代に、御文を御作り候ひて、「雑行をすてて、後生たすけたまへと一心に弥陀をたのめ」と、あきらかにしらせら れ候ふ。しかれば、御再興の上人にてましますものなり。『御一代聞書』(聞書p.1290)

と、浄土真宗再興の言葉が「雑行をすてて、後生たすけたまへと一心に弥陀をたのめ」の言葉だというのであった。仏の仰せに信順して、なんまんだぶ以外の雑行を捨てて、後生タスケタマヘであるから仏が先行するのである。蓮如上人も、当初は

「たとへ名号をとなふるとも、仏たすけたまへとはおもふべからず」お筆始めの御文)

と、たすけたまへという用語には懐疑的であった。当時浄土宗の中でも盛んであった浄土宗一条浄華院流でさかんに用いられていた「たすけたまへ」という教語に否定的であったからであろう。浄華院流は、蓮如上人が吉崎に居られた当時の近江、越前で盛んであった。
もっとも、蓮如上人と浄土宗一条浄華院派との縁は深かった。継職前(本願寺八代目継職は43歳)で若い頃の貧乏寺の部屋住みであった当時の蓮如上人は、生まれた子を養う(すべ)がなく、浄華院などへ子を預けられた。次女見玉尼や三女の寿尊尼は浄華院見秀禅尼の弟子となっている。見秀禅尼は蓮如上人の叔母である。(日野一流系図)
その浄華院流の弟子であった見玉尼の往生を帖外御文で、

かの比丘尼見玉房は、もとは禅宗の喝食[1] なりしが、なかころは浄華院の門徒となるといえども、不思議の宿縁にひかれて、ちかごろは当流の信心のこゝろをえたり(御文章集成#(一七)

とされているので、こうした見玉尼の浄華院での見聞を知ることを通して、蓮如上人は、たすけたまへという用語を許諾の意で用いれば、浄土真宗の救いを表現するのにふさわしい言葉であるとして使われたのであろう。文明五年(1473)八月十二日付けの御文章 一帖の七に「たすけたまへとおもふこころの一念おこるとき」から「「たすけたまへ」の語を使われはじめられた。
そのような意味では、親鸞聖人は阿弥陀仏を「法」を中心としてみるのであり、蓮如上人はその法を「人格」としてみる面があったのであろう。浄土真宗の門徒の間で、阿弥陀仏を親さまとか阿弥陀さまと人格的に呼称するのも蓮如上人の教化の影響からであろう。ともあれ蓮如上人は、タスケタマヘとタノムという教語で阿弥陀仏を人格的に表現することによって、より民衆に親しく浄土仏教の意味を説かれたのであった。また、西山派の書とされる『安心決定鈔』(*)の「機法一体」の教語 [2] や、同じく西山派の「平生業成」[3]の用語も自家薬籠の物とされて当時の民衆に親鸞聖人の開顕された「ひとへに往生極楽のみち」(歎異抄 P.832) である後生の一大事を伝え、やがて日本有数の教団である現在の浄土真宗の基盤を築かれたのであった。

たのむ
帰命
安心論題/タノム・タスケタマヘ
  • たすけたまへの教語をさかんに使われた浄土宗清浄華院の証賢上人には『三部仮名鈔』という法語集があるのだが、その一つである『歸命本願抄』は当サイトにUPしてある。より知的好奇心のある人は参照されたし。

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ


  1. 喝食(かっしき)。禅寺で住職などの傍にいて世話をする係の子供。
  2. 同書中の機法一体は積極的に依用されるのだが、決して衆生の往生と阿弥陀仏の十劫正覚一体説は使われなかった。十劫安心の無帰命に陥りやすいからであろう
  3. 平生業成。浄土宗西山派(深草流)の顕意道教上人1239-1304)の著『竹林鈔』に、「平生より業成するを 云即便往生也(即便往生といふなり」とある。→竹林鈔