「真実の利」の版間の差分
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− | :この経の大意は、<b>弥陀</b>、誓を超発して、広く[[法蔵]] | + | :この経の大意は、<b>弥陀</b>、誓を超発して、広く[[法蔵]]を開きて、[[凡小]]を哀れんで選んで[[功徳の宝]]を施することを致す。<b>釈迦</b>、世に出興して、[[道教]]を[[光闡]]して、[[群萌]]を<kana>拯(すく)</kana>ひ恵むに[[真実の利]]をもつてせんと欲すなり。([[教巻#no2|教巻 P.135]]) |
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2024年1月1日 (月) 09:55時点における最新版
しんじつのり
真実の
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
「真実の利」とは『大経』に、
とあり、御開山はこの意を「教巻」で、
とされておられた。
この真実の利とは『無量寿経』の流通分(将来にこの経の教えを広めていくこと)で、説かれる、
とある乃至一念の無上の功徳である、なんまんだぶと称え聞く大利を真実の利という。
御開山は「教巻」で『大経』とは、
- 説如来本願 為経宗致。即以仏名号為経体。
- 如来の本願を説きて経の宗致とす、すなはち仏の名号をもつて経の体とするなり。(教巻 P.135)
と、仏の名号(なんまんだぶ)を体とする経典であるとされた。浄土真宗は、この名号がわたくしのものとなったときを信というのである。