「雑修」の版間の差分
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− | + | Ⅲ.行は正行であっても、修する心が自力心である場合。 | |
− | + | Ⅳ.専ら念仏を修しても、そのことをもって現世の福利を祈る場合。→[[専修]](せんじゅ)。 | |
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+ | さまざまな行をまじえて修するといった、純一でないあり方をいう。専修(せんじゅ)に対する語。 | ||
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+ | :Ⅲ 行は正行であっても、 修する心が自力心である場合をいう。 | ||
+ | :Ⅳ 専ら念仏を修しても、 そのことをもって現世の福利を祈る場合をいう。 →[[専名祈現]]。(浄土真宗辞典) | ||
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2023年7月20日 (木) 23:42時点における最新版
ざっしゅ
いろいろの行を雑えて修し純一でないこと。専修に対する語。
Ⅰ.雑行を修すること。→雑行(ぞうぎょう)。
Ⅱ.
Ⅲ.行は正行であっても、修する心が自力心である場合。
Ⅳ.専ら念仏を修しても、そのことをもって現世の福利を祈る場合。→専修(せんじゅ)。
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
ざっしゅ 雑修
さまざまな行をまじえて修するといった、純一でないあり方をいう。専修(せんじゅ)に対する語。
- Ⅰ 雑行を修すること。
- Ⅱ 五正行中の正定業と助業を同格にみなして修すること。
- Ⅲ 行は正行であっても、 修する心が自力心である場合をいう。
- Ⅳ 専ら念仏を修しても、 そのことをもって現世の福利を祈る場合をいう。 →専名祈現。(浄土真宗辞典)