荘子
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そうし(そうじと読むのは著書を指す)
Ⅰ
Ⅱ 荘周の著。三十三篇からなり、人間の絶対的自由と万物斉同の理を説く。『老子』と並び称せられる道家の代表作。
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
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異なる国の異質の文化を受容する場合、自国の文化のもつ思想の義を格(きまり、ようす、規格)に合わせて比較し理解することを格義という。インドからシナへ伝来した新しい思想の仏教の経典を、シナ古来の固有の思想、とりわけ老荘思想の用語を用いて解釈しようとしたことを格義仏教という。
後に、シナ仏教僧の釈道安は、格義仏教ではなく仏教本来の思想を正しく理解するには仏教本来の解釈によらなければならないと主張した。時を同じくしてシナに来訪した鳩摩羅什による新たな大量の訳経と相まって、格義仏教は一転して影をひそめることとなった。『浄土論註』に唯一固有名詞であらわされる肇公(僧肇)は鳩摩羅什の弟子であり、シナで初めて「空」の論理を体得したとされるが、「荘子」などの思想にも深い考察をもっていた。
浄土経典、特に『無量寿経』には、自然という語が多出するのだが、荘子の自然という概念に由来するのであった。この自然という概念を「空」を超越した「妙有」の浄土として展開されたのが御開山だったのである。浄土真宗という法義は、有と無を離れたところに展開する、往生浄土の真宗であった。