「第一希有の行」の版間の差分
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− | + | <kana>十地(じゅうじ)</kana>の菩薩が修める<kana>十波羅蜜(じっぱらみつ)</kana>の行。ここでは本願の大行を指す。([[行巻#P--149|行巻 P.149]], [[愚禿上#P--507|愚禿上 P.507]],[[愚禿下#P--538|愚禿下 P.538]]) | |
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+ | 第一希有の行とは、第十八願の乃至十念に誓われた〔なんまんだぶ〕である。ただ十念という語が意業の「念」という心のはたらきを意味するのではなく、口業の〔なんまんだぶ〕であると限定されたのは善導大師と法然聖人であった。この意を享けられた御開山は、第十八願の乃至十念を、第十七願の「十方世界 無量諸仏 不悉咨嗟 称我名者 不取正覚(十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して、わが名を称せずは、正覚を取らじ)」の文によって「称我名者」の〔なんまんだぶ〕であるとされたのであった。なんまんだぶ なんまんだぶ | ||
希有の行を念ずといふは、必定の菩薩、第一希有の行を念ずるなり。 | 希有の行を念ずといふは、必定の菩薩、第一希有の行を念ずるなり。 | ||
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2018年1月13日 (土) 03:00時点における版
だいいちけうのぎょう
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
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第一希有の行とは、第十八願の乃至十念に誓われた〔なんまんだぶ〕である。ただ十念という語が意業の「念」という心のはたらきを意味するのではなく、口業の〔なんまんだぶ〕であると限定されたのは善導大師と法然聖人であった。この意を享けられた御開山は、第十八願の乃至十念を、第十七願の「十方世界 無量諸仏 不悉咨嗟 称我名者 不取正覚(十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して、わが名を称せずは、正覚を取らじ)」の文によって「称我名者」の〔なんまんだぶ〕であるとされたのであった。なんまんだぶ なんまんだぶ
希有の行を念ずといふは、必定の菩薩、第一希有の行を念ずるなり。 顕浄土真実行文類#P--149