「肇公」の版間の差分
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− | 僧肇(374または384-414)のこと。老荘の学に通じていたが、後に『< | + | 僧肇(374または384-414)のこと。老荘の学に通じていたが、後に『<kana>維摩経(ゆいまぎょう)</kana>』を読んで仏教に帰し、<kana>[[鳩摩羅什]](くまらじゅう)</kana>に師事し経典の翻訳を助けた。著作に『肇論』がある。([[証巻#P--320|証巻 P.320]]) |
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+ | 僧肇は、[[鳩摩羅什]]に師事し31歳で夭逝した天才仏教僧であった。解空第一と称され、竜樹の空の思想を中国で初めて老荘の格義を超えて理解したといわれる。著述にはインド仏教の空の思想を表現するために老荘の用語を使われ 、曇鸞大師に多大な影響を与えたことは『論註』で唯一「肇公」として固有名詞を挙げておられたり『維摩経』からの引文や「老荘」への言及からも推察される。 | ||
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と、ある語は有名で禅などでよく使われる。『荘子』斉物論に「天地我と並び生ず。而して万物と我とを一と為す(天地与我並生,而万物与我為一)」からのものであろう。 | と、ある語は有名で禅などでよく使われる。『荘子』斉物論に「天地我と並び生ず。而して万物と我とを一と為す(天地与我並生,而万物与我為一)」からのものであろう。 | ||
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:→[[法身は…布き]] | :→[[法身は…布き]] | ||
:→[[入不二の法門]] | :→[[入不二の法門]] |
2018年7月30日 (月) 21:15時点における版
じょうこう
僧肇(374または384-414)のこと。老荘の学に通じていたが、後に『
出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社
区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。
僧肇は、鳩摩羅什に師事し31歳で夭逝した天才仏教僧であった。解空第一と称され、竜樹の空の思想を中国で初めて老荘の格義を超えて理解したといわれる。著述にはインド仏教の空の思想を表現するために老荘の用語を使われ 、曇鸞大師に多大な影響を与えたことは『論註』で唯一「肇公」として固有名詞を挙げておられたり『維摩経』からの引文や「老荘」への言及からも推察される。
- 天地與我同根。萬物與我一體。
- 天地我と同根、万物我と一体。
と、ある語は有名で禅などでよく使われる。『荘子』斉物論に「天地我と並び生ず。而して万物と我とを一と為す(天地与我並生,而万物与我為一)」からのものであろう。