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 事は具体的な差別の事相、理は普遍的な平等の理性を指す。 ([[選択本願念仏集 (七祖)#P--1195|選択本願念仏集(P.1195]])
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 事は具体的な差別の事相、理は普遍的な平等の理性を指す。 ([[選択本願念仏集 (七祖)#P--1195|選択本願念仏集(P.1195]]、[[往生要集中巻 (七祖)#P--1027|要集 P.1027]])
 
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理事ともいう。事とは事相、事法をいい、即ち差別的な現象のこと。理とは真理、理性をいい、即ち普遍的な原理、平等的な本体のこと。凡夫の迷情によってみられる差別的な事相を事というのに対して聖者の智見によって達する普遍的な真理を理という場合と、縁起して現象した差別的な事象を事というのに対してその本体である平等的な理性を理という場合とがある。以下略。(仏教学辞典を参照した)
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2024年11月7日 (木) 05:55時点における最新版

じり

 事は具体的な差別の事相、理は普遍的な平等の理性を指す。 (選択本願念仏集(P.1195要集 P.1027)

出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。

理事ともいう。事とは事相、事法をいい、即ち差別的な現象のこと。理とは真理、理性をいい、即ち普遍的な原理、平等的な本体のこと。凡夫の迷情によってみられる差別的な事相を事というのに対して聖者の智見によって達する普遍的な真理を理という場合と、縁起して現象した差別的な事象を事というのに対してその本体である平等的な理性を理という場合とがある。以下略。(仏教学辞典を参照した)

参照WEB版浄土宗大辞典の「事理」の項目