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『存覚法語』
 
『存覚法語』
  
後鳥羽の禅定上皇の、遠島の行宮にして、宸襟をいたましめ、浮生を観じましましける、御くちずさみに、つくらせたまひける、無常講の式こそ、さしあたりたることはり、みみじかにて、世にあはれにきこえ侍(はんべ)るあれ、その勅藻をみれば、あるひは、きのふすでにうつして(埋めて)、なみだをつかのもとにのごふもの、あるひは、こよひおくらんとして、わかれを棺のまへになく人あり。
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: 後後鳥羽の禅定上皇の遠島の行宮にして宸襟をいたましめ浮生を観じましましける御くちずさみにつくらせたまひける『[[後鳥羽天皇御作無常講式|无常講の式]]』こそ、さしあたりたることはり耳ぢかにてよにあはれにきこえ侍るめれ。<br />
おほよそ、はかなきものは、ひとの始中終、まぼろしのごとくなるは、一期のすぐるほどなり。三界無常なり。
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:その勅藻をみれば、「あるひはきのふすでにうづんで、なみだをつかのもとにのごふもの、あるひはこよひをくらんとして、わかれを棺のまへになく人あり。<br />
いにしへより、いまだ万歳の人身あることをきかず、一生すぎやすし。いまにありて、たれか百年の形体をたもつべきや、我やさき、人やさき、けふともしらず、あすともしらず、おくれさきだつひとは、もとのしづく、すゑのつゆよりも、しげしといへり。 ( [http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/822106/6 国立国会図書館デジタルコレクション - 存覚法語鈔])
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:{{DotUL|おほよそはかなきものはひとの始・中・終、まぼろしのごとくなるは一期のすぐるほどなり。三界无常なり、いにしへよりいまだ万歳の人身あることをきかず、一生すぎやすし。いまにありてたれか百年の形体をたもつべきや、われやさき人やさき、けふともしらずあすともしらず、をくれさきだつひとは、もとのしづくすゑのつゆよりもしげし」といへり。}}<br />
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 ([[存覚法語#白骨のお文の典拠]])
  
 
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2022年12月9日 (金) 16:14時点における最新版

 以上の文は『存覚法語』に引く後鳥羽上皇の『無常講式』からの引用であるため「といへり」という。(御文章 P.1203)

出典(教学伝道研究センター編『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』本願寺出版社
『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』本願寺出版社

区切り線以下の文章は各投稿者の意見であり本願寺派の見解ではありません。

『存覚法語』

 後後鳥羽の禅定上皇の遠島の行宮にして宸襟をいたましめ浮生を観じましましける御くちずさみにつくらせたまひける『无常講の式』こそ、さしあたりたることはり耳ぢかにてよにあはれにきこえ侍るめれ。
その勅藻をみれば、「あるひはきのふすでにうづんで、なみだをつかのもとにのごふもの、あるひはこよひをくらんとして、わかれを棺のまへになく人あり。
おほよそはかなきものはひとの始・中・終、まぼろしのごとくなるは一期のすぐるほどなり。三界无常なり、いにしへよりいまだ万歳の人身あることをきかず、一生すぎやすし。いまにありてたれか百年の形体をたもつべきや、われやさき人やさき、けふともしらずあすともしらず、をくれさきだつひとは、もとのしづくすゑのつゆよりもしげし」といへり。

 (存覚法語#白骨のお文の典拠)



『無常講式』は後鳥羽上皇(1180-1239、天皇在位1183-1198)の作。内容は三段になっているが、ここでは『御文章』と関係の深い後鳥羽上皇が目のあたりにしたという情景の第二段を出す。
後鳥羽上皇は、法然聖人の吉水教団を弾圧し、専修念仏の停止と法然聖人の門弟4人の死罪、法然聖人と、親鸞聖人ら中心的な門弟7人を流罪に処した。上皇は、承久の乱(1221年)によって隠岐島に流罪となり、そこで生涯を閉じられた。そのような後鳥羽上皇は、世の無常を感じ最後には、阿弥陀如来がまします浄土へ往生したいという意で、この『無常講式』を著されたのであろう。親鸞聖人は御消息(25)で、関東での念仏禁止の訴訟について尽力した性信に「このやうは、故聖人(源空)の御とき、この身どものやうやうに申され候ひしことなり。こともあたらしき訴へにても候はず」と、この弾圧事件にふれられ「さればとて、念仏をとどめられ候ひしが、世に曲事のおこり候ひしかば」と、念仏を弾圧する者は当然の報い(曲事とは、承久の乱による後鳥羽上皇の隠岐への遠島を指す)を受けるといわれている。 また、念仏をやめれば弾圧した者が報いを受けるので念仏を止めてはいけないとされる。


後鳥羽天皇御作無常講式

第二段

擧世如浮蝣。于朝死于夕死別者幾許哉。

世こぞって蜉蝣(かげろう)の如し。(あした)に死し、夕べに死して別れるものの幾許(いくばく)ぞや。

或昨日已埋 槽涙於墓下之者。

或いは、昨日已に埋みて、墓の下の者に槽涙す。

或今夜欲送 泣別棺前之人。凡無墓者人始中終、如幻者一朝過程也。

或いは今夜に送らんと欲して、棺の前に別れを泣く人もあり。およそはかなきものは人の始中終、幻の如くなる一朝の過ぐる程なり。

三界無常也。自古未聞有萬歳人身。一生易過。在今誰保百年形體。

三界無常なり。(いにしえ)よりいまだ萬歳の人身あることいふことを聞かず、 一生過ぎやすし。今に(あり)て誰か百年の形體を保たん。

實我前人前。不知今日不知明日。後先人繁本滴末露。

(まこと)に、我はさき人やさき、今日も知らず明日とも知らず。おくれ先だつ人、本の(しずく)、末の(つゆ)よりも繁し。

指厚野爲獨逝地築墳墓、爲永栖家。燒爲灰埋爲土。人成之終之資也。

厚野を指して獨り逝地に墳墓を築き、永く栖家となす。燒けば灰となり埋めて土となる。人の成りゆく終りの(すがた)なり。

嗚呼。撫雲鬢戲花間朝。百媚雖難別、先露命、臥蓬下。夕九相皆可捨爛一兩日過者悉傍眼。

ああ、雲鬢を撫でて花の間に(たわ)ふるは、(あした)に百媚と別れ難しといえども、露の命を先立ちて蓬の下に臥す。(ゆうべ)九相みな捨つべし、爛れて一兩日を過ぐる者、悉く眼を(そは)む。

臭三五里行人皆塞鼻。便利二道中白蠕蠢出。手足四支上青蠅飛集。

臭くして三五里を行く人、みな鼻を塞ぐ。便利二道の中より白き(むし)蠢き出で、手足四支の上に青蠅飛び集まる。

虎狼野干馳四方、置十二節於所々。鵄梟鵰鷲啄五藏、投五尺腸於色々。肉落皮剥但生髑髏、日曝雨洗、終朽成土。

虎狼・野干は四方に馳せて、十二節を所々に置きて鵄・梟・鵰・鷲は五藏を(くら)ひて、五尺の(はらわた)を色々に投ぐ。肉は落ち皮は剥げ、ただ(なま)しき髑髏、日に曝し雨に洗はる。終に朽ちて土と成んぬ、

雲鬢何収。華貌何壞。眼秋草生。首春苔繁。白樂天云、「故墓何世人。不知姓與名。和爲道頭土。年々春草生云云。」

雲鬢(いずく)にか収まる。華の(かんばせ)(いずく)か壞るる。眼には秋草の()ひ、首には春苔の繁し。白樂天の云く、「故墓、何れの世の人ぞ、姓と名を知らず、和して道の(ほとり)の土となして、年々に春の草生ふと」[1]云云。

西施顔色今何在。春風百草頭云云。

西施の顔色、今や(いず)くに在る。春の風、百草の(ほとり)に有るべしと、云云。

再生汝今過壯位。死衰將近閻魔王。欲往先路、無資糧。求住中間、無所止。

再び生れて、汝いま(さかり)なる位を過ぎたり。死し衰ろえて將に閻魔王に近ずかんと。先路に往かんと欲するに資糧なく、中間に(とど)むを求むるに所止なし。

一切有爲法如夢幻泡影。如露亦如電。應作如是觀。

一切の有爲の法は夢幻(ゆめまぼろし)の泡の影の如し。露の如く(いなびかり)の如し、かくの如きの觀をなすべし。
南無阿彌陀佛

契而尚可契菩薩聖衆之友。憑尚可憑者彌陀本誓之助也。

(ちぎ)りても、なお契るべきは菩薩聖衆の友、(たの)みても、なお憑むべきは弥陀本誓の(たすけ)なり。

凡夫友一期程也。未伴于六道之旅。今生亦富貴之間也。

凡夫の友は一期ほどなり。未だ六道の旅には(ともなわ)ず。今生もまた富貴の間なり。

貧賤時誰隨哉。今面見亂世。實佛外憑誰。

貧賤の時、誰か随はんや。今、まのあたりに乱世を見るに、まことに仏より外に誰をか憑むべき。

昔清涼紫震金扉。采女竝腕巻玉簾。

昔は、清涼紫震の金の(とぼそ)に、采女腕を並べて玉の簾を巻く。

今民煙蓬巷葦軒。海人埀釣僅成語。

今は、民煙(みんえん)蓬巷(ふうこう)の葦の軒に、海人(あまびと)びとと釣を埀れ、(わずか)(かたらい)を成す。

月卿雲客身切生頸於他郷之雲。槐門棘路人落紅涙於征路之月。

月卿雲客の身は、生頸を他郷の雲に切られ、槐門棘路の人、紅涙を征路の月に落とす。

彼孟甞君三千客。但是一生友也。

彼の孟甞君が三千の客、ただこれ一生の友なり。

漢明帝二十八將。未爲二世之徒。

漢明帝の二十八将、未だ二世の徒なり。

呉王得一天。落時獨落。秦王靡四海。死時獨死。

呉王の一天を得、落ちし時は独り落つ。秦王の四海を(なび)かしし、死する時は独り死す。

上陽人獨老。李夫人獨病。千萬人無代病。

上陽人は独り老い、李夫人は独り病み、千万の人、病に代わるもの無し。

然則、蕭々夜雨打窓之時。皎々殘燈背壁之下。爲十二縁之觀、悲生死無常。

しかれば則ち、蕭々(しょうしょう)たる夜の雨 窓を打つ時、皎々(こうこう)たるの残の(ともしみ)壁を背ける下にして、十二縁の観をなして、生死の無常を悲しむ。

欣九品之迎。唱彌陀之名號。

九品の迎えを(ねが)いて、弥陀の名号を唱えよ。

天帝二十五億人。天女五衰夕皆捨去。轉輪聖王八萬四千後宮。一期終一不從。

天帝二十五億の人、天女五衰の夕べには皆捨てて去ぬ。転輪聖王の八万四千の後宮、一期の終りには(ひとり)も従がわず。

仰願觀音・勢至二十五菩薩。普賢・文殊四十一地賢聖。臨命終夕。捧蓮臺來草菴。

仰ぎ願わくは、観音・勢至二十五菩薩、普賢・文殊四十一地賢聖、臨命終の夕べに、蓮台を捧げて草菴に来り。

一期生之後導淨土、移玉臺。

一期の生の後、浄土に導きて、玉台にうちに移したまえに。

此身萬劫煩惱根也。

此の身は万劫煩悩の根たり。

厭可為金剛不壊之質。妻子珍宝及王位臨命終時不随者。

厭て金剛不壞の(すがた)となすべし。妻子珍寶および王位、臨命終時には隨わざるものなり。

唯戒及施不放逸。今世後世爲伴侶。

ただ戒とおよび施と放逸せざると、今世後世に伴侶になる。

此依諸功徳。願於命終時。見無量壽佛無邊功徳身。我及餘信者。既見彼佛已。

この諸の功徳に依て、願はくば命終時において、無量寿仏 無辺功徳の身を見たてまつらん。我および余に信ずる者、既に彼の仏を見たてまつりおわりて、

願得離垢眼。往生安樂國。

願くは離垢の眼を得て、安楽国に往生せん。

  南無阿彌陀佛

無常式   陰岐法王御筆

  正月九日  帝王崩御同月廿日

    建長元年七月十三日於雲林院書寫了



参照:
仁和寺蔵後鳥羽天皇御作無常講式影印・翻刻並びに解説



  1. 白樂天に「古墓何代人 不知姓与名 化作路傍土 年年春草生(古墓何れの代の人ぞ 姓と名を知らず 化して路傍の土と作り 年年春草生ず)」とある。

参照:

仁和寺蔵後鳥羽天皇御作無常講式影印・翻刻並びに解説